WHiSKY on the Web ウイスキーミュージアムウイスキーと文化ウイスキーとミステリーの世界インテリジェンス編 > 連続殺人事件

ウイスキーとミステリーの世界

『連続殺人事件』
The Case Of The Constant Suicides

(1941 イギリス) ; 作/ジョン・ディクスン・カー; 訳/井上一夫; 出版/創元推理文庫

連続殺人事件

(ストーリー)
歴史学者のハーバート・キャンベルは、一族の当主アンガスが死亡し、親族会議が開かれるとの報せを受けてスコットランドに急行した。途中、偶然に列車で出会ったいとこのキャスリーンとともに、アンガスが住んでいたシャイラ城に到着する。だが、そのアンガスの死には不審な点がいくつもあった。吝嗇で知られていた人物が、なぜ死の直前になって生命保険に入るような真似をしたのか? 保険には自殺の場合の支払い拒絶が謳われているというのに?
アンガスの死は転落死であり、シャイラ城に聳え立つ尖塔に一人こもっている時に、自殺としか思えない形で墜落したのだ。これが殺人だとすれば、まったくの不可能な状況、密室での殺人ということになる。その謎を解くべく、シャイラ城に乗り込んできたのは、ギデオン・フェル博士。チェックとウイスキーの国スコットランドの古城を舞台に、名探偵の推理が冴える!不可能犯罪トリックの巨匠が贈る本格ミステリー。


第一次世界大戦と第二次世界大戦の間、すなわち1920年代から30年代にかけては、数々の謎解きミステリーの巨匠が現れ、本格ミステリーの黄金時代と呼ばれる活況を作り出した。クリスティー、クイーン、クロフツ、などなど。その中で、いわゆる左党の代表格といえば、本書の作者であるジョン・ディクスン・カーだろう。不可能犯罪トリックの巨匠と呼ばれたカーは、同時にこよなく酒精を愛した作家でもあった。著書ではたびたび飲酒の楽しみが語られ、自身、時折いささかきこしめしながら小説を書いていたという伝説もあるほどである。もしもほろ酔い加減であの緻密なストーリーを書いていたのだとしたら、これは凄いことであるが。『連続殺人事件』は、特にその中でも嬉しい小説だろう。なんといってもウイスキーの本場スコットランドに名探偵が乗りこむのだから。

冒頭、ハギスの話題が出てくるが、これはスコッチ・ウイスキーを楽しむ上ではなくてはならない料理である(小説中ではヘギス)。羊の内臓と玉葱をミンチにし、牛脂とカラス麦を加えて、塩胡椒で味つけしたものを、羊の内臓に詰めてから茹でで食べる。見かけは悪いが、モルト・ウイスキーにはかかせない、スコットランドの伝統料理だ。イギリスの読者は、もうここを読んだだけでピンとくるのだろう。お、これはスコッチ・ウイスキーの話題がふんだんに出てくる楽しいミステリーなのだな、と。そしてその期待は裏切られないのである。

小説の中でもっとも楽しいのは、アンガス亡きあとシャイラ城を管理するコーリンと、ハーバートが飲み比べをする場面だ。ハーバードは、禁酒法はなやかなりし時代にアメリカで3年間過ごしてきたことを自慢する。おそらくはスピーク・イージーと呼ばれるもぐり酒場で、相当すごい酒を飲んできたのだろう。だが、コーリンが取り出してきた銘酒“キャンベル家の宿命”はハーバードの想像を遥かに上回る代物だったのだ。コーリン曰く、「脳天が吹っ飛ぶ」ようなウイスキー。ぐっと呷ったハーバードの感想はこんな感じ。

――アルコールの爆弾が一度破裂して、息をとりもどし目が見えるようになると、末期の狂燥と快感のようなものが全身をかけめぐる。最初頭のなかでぶんぶんいってたようなのが、水晶のような澄み切った感じに変わる。ニュートンやアインシュタインがこみいった数学の問題の解決の手がかりをつかんだときの気持ちは、かくばかりのものだろう。

ニュートンやアインシュタイン! もしかするとカーも、トリックのネタに詰まったときにはこんな感じに酒精の助けを借りていたのだろうか?


【ゲームの名は誘拐】目次へ【ジェリコ街の女】