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ウイスキーとミステリーの世界

『新宿鮫』

(1990 日本) ; 作/大沢在昌; 出版/光文社文庫

新宿鮫

(ストーリー)
新宿署防犯課の鮫島警部は、犯罪者にとって疫病神のような存在だ。たった独り行動し、背後から音もなく食らいついてくる。そんな彼のことを、新宿のごろつきどもは畏怖の念をこめ、新宿鮫と呼んでいる。新宿鮫はただの刑事ではなかった。国家公務員上級試験を受けた、いわゆるキャリア組。本来、新宿の街のどぶどろに浸かるような身分ではないのだ。だが彼はキャリア組でありながら、自分の出世のみに汲々とはしなかった。むしろ実際の現場仕事をまっとうすることを選んだ。その結果上層部と衝突し、新宿署に島流しになった。警察組織の存亡を揺るがす秘密を握った彼を処分することはできない。だから、鬼のような悪党どもが牙を剥く、新宿の街に追放したのだ。その新宿で、奇怪な事件が起こっていた。警察官だけを執拗に狙う、連続射殺魔が現われたのだ。鮫島は銃密造のプロを追いかけるが……。極彩色の犯罪絵巻が繰り広げられる、現代ハードボイルドの代表作。


盛り場にはそれぞれの顔がある。どの盛り場でも中心にあるのは、子供連れでも安心して歩ける明るい街。ショッピングや美味しい食事が楽しめる地帯だ。いちばん端の周圏部にあるのは、女性の一人歩きはためらわれるような、ちょっと危なく、薄暗い地帯。その中間のあわいに、グラデーションを描きながらさまざまな歓楽を売り物にした店が並んでいる。新宿は、そのバランスがほどよく備わった街だ。もし新宿で飲むのなら、周圏部にやや近い、街のはずれ付近が楽しい。マニュアルどおりのサービスとは縁がなく、少し陽が翳ったような感じのする場所。店に入ったら、とりあえず深呼吸をしてみること。どんなに薄暗くて剣呑な雰囲気がしても、いい店なら必ず澄んだ薫りがするはずである。あ、これは新宿に限らずいい店を探すコツです。

大沢在昌の『新宿鮫』シリーズには、新宿のバーがいつも登場する。元炭鉱夫のママがやっているというゲイバーだ。店の名前は「ママフォース」。ママの力? すごい名前だ。

ママが爆笑しながら、カウンターにアイリッシュ・ウイスキーのボトルとアイスボックスを並べ、グラスを出した。

つきだしは、ツブ貝の煮つけだった。

「ママ、『アガメムノン』て店、知ってるか」

水割りを手にすると、鮫島はいった。

「知ってるよ」

文庫本に戻りかけたママは、鮫島を見た。

鮫島は水割り派なんですな。そういえば作者大沢在昌が2000年の「謎」オリジナル・ブレンド競作でブレンドしたウイスキーは、モルト比率を高めに設定した、濃厚な香り立ちのものだったという。そういうウイスキーを楽しむには、ストレートか、水割りがいちばん。氷は本当ならいらないはずである。ただ、バーテンダーが削ってくれる氷は見た目にも綺麗で楽しいから、あれが無いというのは残念な気もする。バー・ライトの薄明かりが、氷に反射してちらちらと光るのをつまみにしながら飲むのが楽しいのだ。

ちなみに「ママフォース」によく似た「R」という店は本当に新宿にあった。作者は、そこがモデルとは限らないと言葉を濁していたが、別の店とは思えないほどよく似ていたのである。「R」のママは元ラガーマンというお話で、怒らせるとカウンターの中から鉄拳が飛んでくるのではないか、といつもひやひやしていたものだった。何年か前にママは郷里に帰ってしまったが、向こうでも店を出しているのだろうか。いつも出してもらっていた煮つけ、おいしかったです。少し塩辛くて、水割りのほのかな甘味によく合った。

そういえば「R」も、いつも煙草の煙が充満しているのに、不思議とすがすがしい薫りのする店だった。


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