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ウイスキーとミステリーの世界

『仏陀の鏡への道』
The Trail to Budda's Mirror

(1992 アメリカ) ; 作/ドン・ウィンズロウ; 訳/東江一紀; 出版/創元推理文庫

仏陀の鏡への道

(ストーリー)
経済互助組織《朋友会》の雇われ探偵ニール・ケアリーは、ある事件のために《朋友会》から疎んじられ、イギリス・ヨークシャーの荒野で隠遁生活を送っていた。もともと大学の修士論文を書き上げる必要のあったニールは、晴耕雨読の田舎暮らしもそれほど気にならない。そこにニールの父親代わりでもあるジョー・グレアムが訪ねてきた。ニールを仕事に引き戻そうというのだ。鶏糞の肥料利用に功績のある科学者が、研究を投げ出して中国人女性と駆け落ちしたため、連れ戻してほしいという。不承不承重い腰を上げ、カリフォルニアまで飛んだニールだったが、簡単に思えたはずの任務はこじれ、なんと命まで狙われるはめになった。その上、《朋友会》は科学者が元の研究所に戻ったと言いつくろい、ニールに仕事を中断させようとまでする。背後にきな臭い匂いを嗅ぎ付けたニールは、科学者たちが向かったと思われる香港の地を目指した。青春の香気豊かなハードボイルド。


子供のころ、大きくなったら父親と酒を酌み交わすことになるんだろうな、と漠然と考えていなかった男性はいないだろう。幼い我が子をあやしながら同様の夢想に耽らない父親も、これまたいないはずだ。残念ながら、その夢想は実現しないことが多いのである。子供時代と大人時代の合間には、反抗期というやっかいな大河が横たわっているからだ。もしあなたの父親が健在で、しかも父子ともにいける口であったなら、どうかその機会を逃さず、一緒に酒を飲んでおいてほしい。いや、父親の方から働きかける方がいいのかな? どうなんだろう。

ニール・ケアリーの隠遁所を訪ねてきたジョー・グレアムは、ニールの父親代わりともいえる人物だ。ニールはその昔親に捨てられ、ストリート・キッズとしてすさんだ暮しを送っていた。11歳のとき、彼は町である男から財布を掏ろうとして失敗し、つかまった。その男こそがグレアムだったのだ。グレアムはニールに、探偵術のイロハを含めて人生に必要なものすべてを教えた。それこそ、家庭の温かさと、その意味さえも。

――グレアムが椅子から立ち上がり、台所へ行く。三つ並んだ戸棚のうち、まんなかの扉をあけ、いちばん上の棚からスコッチのボトルを下ろした。

「あるべきものを、あるべき場所に」上機嫌で言う。「これも、おれが教えたことだ」

居間に戻ってきて、スーツケースに手を入れ、プラスチックの小さな携帯用コップを取り出した。平たい円盤を望遠鏡のように縦に伸ばすと、即製タンブラーのできあがり。それにウイスキーをスリー・フィンガー分注いで、ニールのほうへボトルを差し出した。

グレアムがどんな無理難題を言ってくるか警戒しているニールは、初めこのウイスキーを飲まない。なぜならば、アルコールを体に入れて感傷的になり、グレアムの申し出を受けてしまいそうになるのが怖いからだ。だが、ここは飲まなければならない――人の子として。だってこれは父と子が再会を祝して飲むウイスキーだから(もちろんグレアムにはニールに仕事を押し付けようという下心がありありだが、それはまた別の問題である)。こんな場面はいつでもやってくる。諸兄ならいかがされるだろうか? 何か口実をつけて飲まない? それともぐいっとウイスキーを飲み干しますか?

さて、ニールはどうしただろうか? その結果はあえてここでは書かない。『仏陀の鏡への道』を読めば、ニール・ケアリーが絶対に好きになることは請け合い、とだけ書いておこう。シングルモルトのウイスキーでもちびりちびりやりながら読んでください。


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