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ウイスキーとミステリーの世界

『フロスト日和』
A Touch of Frost

(1987 イギリス) ; 作/R・D・ウィングフィールド; 訳/芹澤恵; 出版/創元推理文庫

フロスト日和

(ストーリー)
デントン市警察に奉職するジャック・フロスト警部は、その晩散々な思いをしていた。けちのつき始めは、警察退職者の送別パーティがある晩に出勤になってしまったこと。しかも発生する事件といえば、どれも厄介なものばかり。会社経営者の15歳の娘が行方不明になったかと思えば、公衆便所では浮浪者の死体が発見される。デントン市中の警察官がどんちゃん騒ぎをしていて人手が足りないというのに、連続婦女暴行事件の新たな被害者まで発見された。被害者を見てフロスト警部はびっくり。これは行方不明になった娘ではないか! 慌てて家族に通報したが、実はそれが人違いであることがわかり……。かんしゃく持ちで、前の勤務先では上司を殴って降格された経験を持つ部下や、上にへつらうことばかり考えている署長など、人間関係にも恵まれないフロスト警部。もろもろの事件は解決できるのか?1997年度「このミステリーがすごい!」第1位に輝く警察小説の名作。


ここ最近でお酒好きの探偵というと、R・D・ウィングフィールドのフロスト警部のことを指すらしい。ミステリーファンに聞くとみなこう答える。「フロスト警部? ああ、あのお酒が好きな人ね」――しかし、そうかなあ。実はフロスト警部がお酒を飲んでいるシーンって、あまり記憶にないのだ。思い出すのはどちらかというと、「お酒を飲み損ねている場面」である。例えば『フロスト日和』のように。運悪く出勤になってしまったフロスト警部は、警察署内で開かれるパーティに出ることもできず、もろもろの事件に一人で立ち向かうことになってしまうのである。フロスト警部の手が空くのは、なんと午前4時過ぎのこと。デントン署内の自室で、パーティ会場からちょろまかしてきた酒とつまみでささやかな宴会を催す。

――ジャケットの内ポケットからも、さらに何本かミニチュア壜が引っ張り出された。ようやく身軽になると、フロストは誇らしげに押収品の数々を眺め渡した。「おれたちはあいつらの気取ったくそパーティに呼んでもらえなかった。だからあいつらも、おれたちのパーティには呼んでもらえないってわけさ」

ちなみに、このときの酒は「七年もののモルト・ウイスキー」だとか。どうやらデントン警察署のパーティはそれほど高級なものではなかったらしい(法令で定められたスコッチ・ウイスキーの最低熟成期間は3年である)。それを琺瑯びきのマグカップに注いで飲む。当然のことながら、氷などない。

こういう場面を見ると、たしかにフロスト警部って酒好きだな、と思う。ただし、ただ単に酔っ払うために飲むというのとも違う気がする。午前4時からウイスキーを飲み始める男たちというのは、酔いで苦痛を紛らわすためというより、頭の中にかかったもやを振り払うために、飲むのである。嘘だと思ったら、深夜の盛り場に出かけてみるといい。夜明けまでの短い一時を、グラスを傾けながら過ごしている男たちの目はぎらぎらとしているものだからだ。酒はもちろん、生のままのウイスキー。『フロスト日和』でも、無能な上司とややこしい事件のために打ちのめされたフロスト警部は、ウイスキーの助けを借りて蘇生するのである。

――物入れのなかを引っかきまわして、今度はウイスキーのミニチュア壜を探し出した。その中身をひと息にあおり、車の天井を仰いだまま、ウイスキーがウォッカの後味を洗い流すのを待った。胃袋のなかで、小さな溶鉱炉に火が入った。それで気分がよくなった。次の一本を空けたときには、もっと気分がよくなっていた。

そういうときには、「へこたれるもんか、へこたれるもんか」と胸中繰り返しながら飲むこと。ウイスキーの灼熱が、明日を生きるための活力に変わるはずだから。


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