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ウイスキーとミステリーの世界

『女王陛下の007』
On Her Majesty's Secret Service

(1949 イギリス) ; 作/イアン・フレミング; 訳/井上一夫; 出版/ハヤカワミステリ文庫

女王陛下の007

(ストーリー)
名高きフランスのビーチ・リゾート、ロワイヤル・レゾー。英国諜報機関の秘蔵エージェント007号ことジェイムズ・ボンドはこの地にいた。ロシアの秘密機関スメルシュや犯罪王ブロフェルドらとの闘いに倦み、辞職すら考えるほどに疲れた彼が向かったのは、かつてル・シッフルとの大賭博対決を制した思い出の地、カジノ・ロワイヤルだったのだ。
しかし、そこで出会った一人の美女が彼の人生を変える。死の言葉を口にする、虚無的ながら激しくエネルギッシュな女トレーシー。実はフランス・マフィア、ユニオン・コルス首領の一粒種である彼女と、ボンドは運命的な恋に落ちる。つかの間の幸せな日々。だが、冒険と災いの日々は、決してボンドを見逃してはくれなかった。復讐の念に燃えるブロフェルドが、虎視眈々とボンドの命を狙っていたのだ……。世界中で読まれた人気シリーズ中、ジェイムズ・ボンドの純愛を描いた異色の一作。余韻を残す幕切れに注目。


『サンダーボール作戦』における健康診断書によれば、任務についていない時のジェイムズ・ボンドは、一日にボトル約半分のスピリッツを摂取しているらしい。イメージとしては、彼がたしなむ酒といえば、まず第一にワインかシャンパンだろう。続いてドライ・マティーニ、そしてウオッカ。ウイスキーとジェイムズ・ボンドの組み合わせは、なかなか最初には出てこない。

だが、さすがにスコットランド人の父親を持つだけあって(母親はスイス人)、ウイスキーを飲む場面もところどころに登場するのだ。ボンドは美食家でも鳴らしているが、やはり外食時にはワインやシャンパンなどの酒の方が合うのだろう。ウイスキーを飲む場面は、自宅での独酌などに限られている。もしくは秘密情報部員らしく、緊迫した場面。『女王陛下の007』ではボンドはトレーシーとともにユニオン・コルスの手先に誘拐されるが、一瞬の隙をついて立場を入れ替え、ユニオン・コルスの頭領マルク=アンジュ・ドラコにナイフをつきつけることに成功する。だがボンドはドラコを殺せない。彼が笑顔でウイスキーを飲もうと言い出すからだ。

「(前略)だが、わしを殺すなよ、頼むよ。少なくとも、おたがいに強いウイスキー・ソーダを一杯ずつやって話をするまでは殺さんでくれよ。話がすんだら、あらためてどうするか、そっちに選ばせるからな。いいだろう?」

この愛嬌に満ちた口ぶりのために、ボンドはドラコに対する殺意を削がれてしまう。そしてドラコはボンドに生殺与奪の権利を与えたまま、悠々とウイスキーの準備をする。そして切り出した話は、ボンドがまったく予期もしなかったものだった。実はボンドの愛した女トレーシーはドラコの娘で、彼はボンドにトレーシーと結婚してほしいと頼んできたのだ。トレーシーには精神の均衡が壊れた部分があり、それを救うために、ボンドという強い存在を欲しているという。

「勘弁してくれ。わしは客のもてなしがへたでな。だが、長年肚のなかにとじこめといたこの話をひとに話したということで、えらく重荷がおりたような気分だ」

この後、ボンドとドラコは、トレーシーを救うために共同戦線を敷くことになる。いわばこれは固めの盃だ。なるほど、こんな水もさされぬ緊迫した場面では、ワインやシャンパン、他のどんな酒も場違いだろう。したたかに成熟した男の酒、ウイスキーを飲むしかない。


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