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ウイスキーとミステリーの世界

『肩ごしの恋人』

(2001 日本) ; 作/唯川恵

肩ごしの恋人

(ストーリー)
結婚も三回目ともなれば慣れたものだ。早坂萌は青木るり子の友人として披露宴の席についていた。るり子とのつきあいは五歳のときからだから、もう二十二年目になる。前二回の披露宴にも招待された。しかも今回の夫は、もともと萌とつきあっていたのをるり子が横から奪い取っていったのだ。しらけた気持ちでシャンパングラスを傾けていると、目の前の男の奇妙な動作が目に入った。魚介のテリーヌから慎重に海老だけを取り除けている。自然に口から言葉が漏れ出た。「海老、お嫌いなんですか?」それが、るり子が唯一口説き落とせなかった男、柿崎との出逢いだった。披露宴の帰り道、萌は柿崎と関係を持つ。
なにごとにも慎重に、自分なりの評価を下さないかぎり前には進まない萌。自分の欲望に素直なるり子。そして萌が偶然拾ってしまった少年崇。波乱に満ちた日々を過ごす三人の関係が、新しい形の恋愛観をつむぎ出す。第126回直木賞に輝いた唯川恵の代表作。


男が男であることはしんどい、とぼやいてどこからも文句が出なかったのは八〇年代の終わりくらいまでだった。そのあとは、女が女であることの方がしんどいのよ、という声が高くなってきて、男のぼやきはみっともない、ということになった。もちろん、ぼやくのを止めたからといって男の人生が楽になったわけではないのだが、我慢を強いられるようになったということである。女だってそれまではぼやく口を封じられてきたのだから、あいこなのだ。そうこうしているうちに世紀が改まり、男も女も自分の性をふりかざして愚痴を言うなんてやぼだ、というようにニュートラルな状態へ向かって振り子は揺り戻された。今はどういう状態かといえば、とりあえず自分が本当にしたいことは何か、よく考えてから発言しよう、というのがスタンダートな姿勢になっている。

唯川恵は、そういう時代の風潮にマッチした作家だ。ごく自然に女性の欲や夢想を描いている。『肩ごしの恋人』では、まったくタイプが違うのに腐れ縁でつながった二人の女性が描かれるが、彼女たちが人生の転機を迎えるのが新宿二丁目のオカマバーだというのがおもしろい。男でも、女でもないニュートラルな立場の店で人生が変わる、というわけだ。

「この店の何が気に入ったのやら。うちに来たって男なんか見つからないわよ」

グラスが前に差し出された。

「わかってる。だからくるの。男の目を気にしなくて飲めるのって気楽だしね」

「よく言うわ。そういうのが好きなくせに」

バー「キッチュ」のマスター・文ちゃんと、自分の欲望に忠実な女・るり子の会話だ(唯川は『マスター』と書いているけど、店によっては『ママ』と呼ばないとぶっ飛ばされる)。るり子は生まれついての名優で、「男の前で作戦のひとつとして酔い潰れたフリをする」ことも自然にできる。だが、そういう「作戦」の時に飲む酒と、一人で飲むときの酒は違うようだ。「キッチュ」ではスペイサイド・モルトか、シングルバレルのバーボンをロックで。たぶんグラスは、オールド・ファッションド・グラスだろう。なるほど、あのごついグラスをひょいと唇に運んでいる女性を見て、誘いを待っていると勘違いする男は少ないだろう。「キッチュ」はもともとオカマバーだけど、ノン気の店でもこれはなかなかわかりやすいサインのはずだ。

バーはもともと男文化の中で発展してきた場所だから、必ずしも女性を歓迎するようにはできていない。もちろんドアを開けて、カウンターにたどり着いてしまえばそんなことはないのだが、そこに至るまでが難しいのは事実だ。うるさく声をかけてくる男がいるかもしれない、というのも尻込みの原因の一つになるはずである。しかしそんな障害に負けず、気に入ったバーを見つけて、通おう。もしバーにしつこい男がいたら、バーボンをロックでもらうといい。誘いを待っているわけではないというメッセージは伝わるだろう。

メッセージが伝わらないような男だったら、どうすればいいかって?

そんな鈍感男はオールド・ファッションド・グラスの底でぶん殴ってしまいましょう。


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