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ウイスキーとミステリーの世界

『泥棒はライ麦畑で追いかける』
The Burglar in the Rye

(1999 アメリカ) ; 作/ローレンス・ブロック; 訳/田口俊樹; 出版/早川書房

泥棒はライ麦畑で追いかける

(ストーリー)
ニューヨークで古書店を経営するバーニイ・ローデンバーの本業は泥棒だ。ある日、店を訪れたアリス・コットレルと親しくなったバーニイは、彼女から盗みの依頼を受けた。ガリヴァー・フェアボーン――文学史上に残る傑作『ノーボディズ・ベイビー』の作者――の私信が競売にかけられるの阻止するため、持ち主から手紙を奪ってほしいというのだ。ガリヴァーといえば、素顔を含む一切の個人情報を公開せず、自らを神秘のベールにくるんで護ってきた伝説の作家だ。アリスは一時期彼の愛人であったことがあり、その縁からバーニイに接近を図ってきたのだ。『ノーボディズ・ベイビー』の愛読者でもあるバーニイは、依頼に応えて手紙の持ち主が住まうホテルへとやって来た。だが、そこで彼を待ち受けていたのは、予期せぬ殺人事件だったのだ。自らに着せられた濡れ衣を晴らすため、泥棒探偵は必死の推理を働かせる。才人作家がニューヨークを舞台に描く人気シリーズ。


ちょっと目を閉じて、友人の顔を思い浮かべてみよう。できるだけ多く、思い出せる限り。次に、その顔の横にキャプションをつけてみる。フルネーム、仕事、だいたいの住所、配偶者の名前、などなど。それができる順番に顔を消していく。そうすると、最後にどうしても消すことができない顔が残るはずである。非常に親しい友人なのに、仕事や住所、結婚しているか否か、などの情報を少しも持っていない。いや、下手をすると彼らのフルネームさえ知らないかもしれない。そんな顔がいくつか残らなかったですか?

それがバー友達である。バーに通う大人なら、何人かはバー友達がいるはずだ。バー友達とは、バー以外の場所で会うことは滅多にない。それどころか、日の光の下で出会っても、誰であるかわからない可能性さえある。その顔はバーの中だけで意味を持つ。

これは飲まない人には不思議な関係ととられるらしい。「フルネームも知らない、相手のことを何も知らない、そんな人が本当に友達といえるの? そんな人と何の話をするの?」ごもっともである。しかしそんな人が本当の友達だったりするのだ。そんな人と、ただウイスキーの話をするだけで、心が和み、仕事の疲れがほぐれたりするものなのだ。

――「そう、これがライ・ウイスキー」とキャロリンは言った。

「わたしにはちょっと甘すぎるけど、バーン。スコッチと比べると」

「だろうね」

「でも、悪くない。甘みが通り過ぎてしまえば、なかなかいける。味わいに本物の深みがある」

バーニー・ローデンバー(バーン)とキャロリン・カイザーは、準バー友達といえる間柄である(バー友達と言いきるには相手のことを知り過ぎている)。彼らはほぼ毎日なじみの店で落ち合って、仕事帰りの一杯を共にしている。バーニーは異性の、キャロリンには同性の恋人がいて、それぞれ付き合い方に悩んでいる(特にキャロリンは、恋人が禁酒主義者であることに悩んでいる)。そんな話もさらりと酒の肴にしてしまえるのが、本当のバー友達というものである。実はこれはこれで、すこぶる難しい距離のとり方だと思うのだ。相手の問題に踏み込むことならどんな無神経な人間にもできる。しかし、そこから相手を傷つけずに引き下がるのは至難の技なのである。人は誰でも自分の抱えている悩みを人に打ち明けたがっている。しかし同時に、そのことによって人から干渉されることを恐れてもいる。そんなときに話の相手に必要なのが、バー友達なのだ。99のウイスキーの話と、1の打ち明け話。それを共有できる稀有な友達。

そういえばバーニーとキャロリンの間では、われわれが古くから悩んでいるあの問題に対する解答が出ている。すなわち、男と女の間に本当の友情は成立するか。――バー友達の間になら、それは成立するのである。

本書は、ライ・ウイスキーの芳醇な香りを媒介に、そうしたさりげない友情を描く小説である。先ほどのテストでバー友達の顔を何人か思い浮かべることのできたあなたは、ぜひこの本を読むべきである。もちろん本の感想は、バーでバー友達と語り合うこと。


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