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ウイスキーとミステリーの世界

『海は涸いていた』

(1996 日本); 作/白川道; 出版/新潮文庫

海は涸いていた

(ストーリー)
伊勢孝昭は都内で複数の飲食店を経営する会社社長だ。彼自身は構成員ではないが、彼の会社の出資元は暴力団・佐々木組だった。そんな彼は、過去を捨てた男だった。孤児として育ち、孤児院仲間を守ろうとして誤って人を殺してしまった。少年院を出た後、彼は本名の芳賀哲郎を捨て、上京する。孤児院で可愛がっていた弟分の慎二は彼を追ってやって来たが、もう1人の仲間である千佳子とは音信不通になってしまった……。
すべてを捨て去ったはずだったのに、運命の神は残酷だった。伊勢が隠蔽していたもう一つの犯歴、ひそかに犯していた殺人事件の真相が、時を超えて甦りそうになってきたのだ。そして伊勢自身の家族にまつわる意外な事実。彼と生き別れになった実妹は、予想もしない形で社会の表舞台に姿を現していた。やがて慎二が殺人事件に巻きこまれ、伊勢は仲間を救うため、そして妹を醜聞から守るためにある決意を固める。ハードボイルド巨編。


80年代に青春時代を過ごした男女にとって、思い出の映画ってなんだろうか。「愛と青春の旅立ち」? それとも「セント・エルモズ・ファイアー」? 特に後者は、日本のトレンディ・ドラマに数多くの模倣者を引き寄せた。かつて10代の多感なころを共にした男女がなじみの店に集い、思い出話に華を咲かせるという図式。たしかに格好いいかも。でもちょっと日本の風土になじまなくて(ちょっと浮いてて)恥ずかしいな、と思ったことも確か。TVを観ていたあなたもそう思ったんじゃないですか?

やはり、思い出話ができるほどに大人になったら、それなりに自分に合った器の店を探さなくては。80年代はカフェバー文化が賑やかだった。その後はクラブとか、ショットバー、ダイニングバーも流行した。でも本当に格好いいのは、昔ながらの小料理屋で、水割りのグラスを傾けて絵になる男だったりする。30前だと、やはり似合わないのだけれど。

本書の主人公、伊勢は少年時代の弟分・慎二に資金提供をして店を出してやっている。細長いカウンターと四畳の部屋だけの小さな店。ここでアルバイトの女性を帰して、慎二と二人だけで飲む時間だけが、伊勢の心が真から安らげるときなのである。

しかし、伊勢にはそんな慎二にも話すことのできない、深い心の闇がある。

――所帯を持つ夢などとうに捨てている。それを慎二に話したことはない。飲み干した水割りが、伊勢の胃の中で苦く広がった。

その闇の奥にあるものは、かつて二人が過ごした焼津の街の記憶だ。伊勢は意を決してこの街を訪れ、自らの過去と対決する。かつての恩人、植松と彼の店で飲む酒。そんな話題のときには弱い酒では間に合わない。ウイスキーのストレートだ。

――伊勢はウイスキーのボトルに手を伸ばし、植松と自分のグラスに注いだ。グラスの中で揺れる飴色の液体が、一瞬、過ぎ去った昔を伊勢に呼び起こした。(略)
喉元に流れるウイスキーが熱く、その熱い感覚が伊勢の脳裏に焼きついているあの時の記憶に触れた(後略)。

大人の飲む酒には甘い酒もあれば苦い酒もある。そんな苦い酒をぐっと飲み干さなければならないときも、人生の中にはあるだろう。そんなとき、あなたはどんな店のスツールに腰掛けているのだろうか?


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