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ウイスキーとミステリーの世界

『ボーダーライン』
Indemnity Only

(1999 日本) ; 作/真保裕一; 出版/集英社

ボーダーライン

(ストーリー)
永岡修、通称サム。彼はロサンゼルスで働く私立探偵だ。アメリカで暮す多くの外国人がそうするように、アメリカ人女性と形ばかりの結婚をしてグリーンカードを取得し、私立探偵の免許を得た。今は日本の信販会社に雇われ、日本からの旅行者にからむ問題を調査・解決するのが主な仕事となっている。
そのサムに舞い込んだ仕事は、人捜しだった。安田信吾、二十四歳。数年前に自宅を飛び出し、消息を絶っていたのが、偶然ロサンゼルスのとあるバーの前で安田家の知人によって目撃されたのだという。その時の写真を元に捜査を開始するサム。一見、簡単な依頼と思われたが、その背景には複雑な事情が潜んでいた。安田信吾を捜すサムが遭遇した、剥き出しの悪意と脅迫。いったいこの青年は何者だというのか? そして、サムが信吾を捜しあてたとき、すべては思いがけない方向へと転じていった。


カリフォルニア州は、太平洋に向けたアメリカの玄関口である。それは、われわれアジアから来る人間にとって、カリフォルニアこそが最初に見るアメリカだということだ。したがって、カリフォルニアには日本人をはじめ、多数のアジア系移民が暮している。本書の主人公、永岡修ことサムもその一人だ。カメラマンを志して、この地に渡り、そして挫折した。だが、日本に帰ることだけはできなかった……。故郷を捨てたからだ。

そんなサムにとって、唯一心の休まる場所がだった。

――ひと月に出入りする客より棚にそろえた酒の銘柄のほうが遥かに多く、由緒あるホテルの改装工事の際にマスターが安く貰い受けてきたというU字型のカウンターは、幾度も重ね塗りをされたニスがあちこちではがれ、席によってはグラスの置き場に困るほど波打っていた。私たち常連はいつも、波の穏やかな“入り江”と呼ばれる壁際に集い、防波堤の突端で大波に飲まれて沈みゆく多くの酔客たちの姿を眺めては笑い合うのを、このうえない楽しみにしていた。

バーのストゥールを止まり木という。渡り鳥たちが一列に並んでとまり、羽根を休めるさまになぞらえた呼び方だろう。疲れきった心と体に、華美な装飾はいらないものである。長年住みなれた部屋のように、少しつぎが当たっているくらいの方が居心地いい。

――たとえ二晩続けて飲み明かした仲だろうと、なるべく相手の私生活に立ち入るまいと決めている。ショットバーのカウンターで隣り合わせたのをきっかけに、よき友人になれる者もいれば、どれほど笑顔で酒を酌み交わそうと、人を受け入れまいとするタイプの人間もいた。

サムは言う。異国の空の下、孤独に生きている者なら当然の心構えだろう。平穏無事に生きている私たちですら、草がいつも緑ではないように人の心が移ろいゆくことを知っている。ましてや見ず知らずの他人との間であればなおさらだ。だが。

――一人は寂しい。夜は長く、街はよそよそしい。酒と友は優しい。

時には、グラスの底を見つめながら愚痴をこぼしたくなることもあるものだ。そういったとき、酒場の常連仲間ほどに優しく、無造作に愚痴を受けとめてくれる者は他にない。その暖かさを味わいたいがために、今夜も我々は酒場を目指して出かけていくのである。

さて、この、ウィルシャー・ブルバードからマンスフィールド・アベニューを北へ五十フィートほど歩いた角にあったという。残念ながらガイドブックを見い見い探しに行っても、今はない。店の中で殺人事件が起き、それからほどなくして閉店してしまったそうだからだ。残念ながら、各自自分の<フィガロ>を探すしかないようだ。


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