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ウイスキーとミステリーの世界

『シカゴ・ブルース』
The Fabulous Clipjoint

(1947 アメリカ) ; 作/フレドリック・ブラウン; 訳/青田勝; 出版/創元推理文庫

シカゴ・ブルース

(ストーリー)
印刷見習工エドの父・ウォレス・ハンターは、その夜、家に帰らなかった。不安を抱えながら帰りを待つエド。朝になってアパートを訪れた警官によって、その不安は絶望へと姿を変えられた。ウォレスは殺されたのだ。何者かによって、横丁で殴りつけられ、財布を奪われて死体になった。シカゴという大都会では、本当にありふれた犯罪。新聞の社会面の片隅にも載らないような、ありふれた事件だ。その死の衝撃から立ち直れないエドは、カーニヴァルの芸人として自由に生きる伯父、アンブローズを訪ねた。世故に長けた、その力を借りるため、――父を殺した犯人を突き止めるために!
亡き父の足跡をたどるうちに、エドは父のまったく知らなかった一面を知るようになる。謹厳実直な父の意外な顔の数々。そしてそのことが、エドを本当の意味での大人に変えていくのだ――。アメリカ探偵作家クラブ賞を受賞した、青春ミステリーの傑作。


『シカゴ・ブルース』は、成長の物語である。主人公のエドは、父の跡を次いで印刷工の修行をしている青年で、まだ自分の進路に自信が持てず、質屋のショーウィンドウに飾られたトロンボーンを買って演奏家になりたい、などと夢見ている。そのエドが父親の死によって、一気に現実に引き戻され、自分がいかに世間知らずであり、真の意味で父親と向き合ったことが無かったか、を知ることになるのだ。悩んだエドはアンブローズ伯父の元を訪れる。そして、世慣れたアンブローズ伯父は、エドの悩みの正体を一目で見抜くのである。あまりにも深い悩みが蓋をして、心をふさいでしまっている。それを救うのは、エドがアンブローズ伯父から勧められた一杯のウイスキーなのだ。

――ぼくは口の中に生のウイスキーの強い味わいを感じながら、そこにすわっていた。だが酒のことを考えていたわけじゃない。考えていたのはパパのことだ。パパは死んで、ぼくはもう二度と会えないんだ。そう思うと、ぼくは突然、声をあげて泣き出した。それはウイスキーのせいじゃない。(中略)それは自分の身体の中で、なにものかが爆発したのだ。

ウイスキーの酔いが触媒の役割を果たし、心を解放することがある。アンブローズ伯父は長い長い人生経験のどこかで、そのことを学んだのだろう。彼は言う。

「エド、それで気分が晴れるぞ。一度はそうなるんだ。太鼓の皮みたいに張りつめていたからな。やっと人間らしい顔付きになった」

父と息子は、一杯の酒を酌み交わすことによって、初めて一人の人間として相手を認め合い、真の大人同士の関係に成熟していくものだ。アンブローズ伯父は、それが果たせなかったエドのため、亡き父ウォレスの代わりを務めてやったのかもしれない。小説の終わり、アンブローズはエドを、ホテルの最上階にあるカクテル・バーに連れてくる。すごくきれいだが、低俗なキャバレーだな、というエドに、アンブローズは笑いかけ、言う。

「でっかい低俗なキャバレーさ、エド。ここじゃどんな気違いじみたことでも起こりうるのだ。それのみんながみんな悪いことばかりとはいえないがね」

どんなことでも起こりうる、でっかい低俗なキャバレー(原題the fabulous clipjointはここから来た言葉だ)とは、言うまでもなく波乱に満ちた人生の縮図。エドは、このアンブローズ伯父によって目を開かされ、自分が進むべき道を見出すのである。

一杯のウイスキーによって始まり、でっかくて低俗な酒場である日突然人生の意味を知る物語。これは、あるいは私たちの誰もが通ってきた道なのかもしれない。


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