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ウイスキーとミステリーの世界

『スコッチに涙を託して』
A Drink Before The War

(1994 アメリカ) ; 作/デニス・レヘイン; 訳/鎌田三平; 出版/角川文庫

スコッチに涙を託して

(ストーリー)
ボストンに私立探偵事務所を抱えるパトリック・ケンジーは、地元の名士だった父を知る二人の上院議員から依頼を受けた。彼らの手元から重要書類が紛失し、失踪した掃除婦のジェンナが盗んだものと思われるというのだ。
パトリックの仕事はジェンナを見つけ、連れ戻すこと。だが、訪れた彼女の家には物色された跡があり、見知らぬ何者かが動いていることを感じさせた。有色人種のジェンナは白人の持つ権力に強い反感を抱いていたはずだが、彼女の失踪にはそれと関連した裏の理由があるのか? パトリックが彼女を探し出すまでそんなに時間はかからなかった。だが、ジェンナを連れ戻すことはできなかった。パトリックの見ている前で、彼女は射殺されてしまったのだ。
後に残されたのは、ジェンナが銀行の貸し金庫に隠していた写真だけだった。議員が街のギャングと密会しているところを写した写真。果たしてその意味とは何か――?


東海岸派と西海岸派、という言葉がある。今適当に作った言葉ではなくて、アメリカのミステリー作家について、その資質を乱暴に分けるときの言い方。東海岸は、アメリカ合衆国発祥の地である東部13州を含む、どちらかといえば欧州風な気質を残すハイソなお土地柄。対する西海岸はゴールド・ラッシュのどん詰まりの地だから、開拓者の遺風の強い、ラフなお土地柄というわけだ。

酒でいえばスコッチとバーボンの違い。イギリスで教育を受け、素地としては完全に東海岸派のレイモンド・チャンドラーですら、カリフォルニアを舞台にした小説の中では、フィリップ・マーロウにバーボンを飲ませているのだ。逆に、ダシール・ハメットも、ニューヨークが主舞台の『影なき男』では、生のままのウイスキーなどではなく、ニックとノラのチャールズ夫妻にカクテルをたしなませている。このように、小説の中に登場する酒の好みを見れば、作者が登場人物のパーソナリティをどう描こうとしているかはだいたい判るものだ。センスが無い作家だと、この辺がちぐはぐになるのである。

今世紀に入っていちばん人気があるハードボイルド作家といえば、デニス・レヘインだろう。彼の私立探偵はパトリック・ケンジー。ボストンに事務所を構えている。ボストン。東海岸の中でも古都と呼ぶべき土地柄である。そこに拠点を構えるパトリックが飲むべき酒は、バーボンであるはずがなく、アイリッシュかスコッチ、しかも亡父が地元の名士であったという経歴から考えると、カソリックを思わせるアイリッシュよりは、やはりスコッチだろう――そういう予想を見事に裏切らず、パトリックはスコッチを飲むのである。題名だって、『スコッチに涙を託して』だ。

この小説の中で、ある依頼が元でパトリックは大きなトラブルに巻き込まれる。それは個人的な事件というよりは、ボストンという都市、アメリカという国家そのものが抱えた歪み、憎悪が一気に形となって噴き出す類の、カタストロフィだった。パトリックはその重みを感じながら、友人のコラムニスト、リッチーとグラスを傾ける。

――わたしは肩をすくめた。「みんな、なにかの理由で憎む相手が必要なのさ」

「みんないやになるほど愚か者なんだ」

わたしはうなずいた。「そしていやになるほど怒ってる」

彼はふたたび腰をおろした。「いやになるな」

「じゃあ、おれたちに残された方法は、リッチー」

彼はグラスをあげた。「スコッチに涙を託して朝まで飲むのさ」

大人の男なら誰もが知っている。世の中にはアルコールと時が癒す以外に、手のつけようがない傷があるということを。そんなとき、パトリックと同じように、スコッチに涙を託して飲むのだろう。


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