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ウイスキーとミステリーの世界

『夢果つる街』
The Main

(1976 カナダ) ; 作/トレヴェニアン; 出版/角川文庫

夢果つる街

(ストーリー)
モントリオールの11月。 <ザ・メイン> と呼ばれる移民街を行く、一人の男の姿があった。クロード・ラポワント、モントリオール市警の警部補だ。よれよれのオーバーコートは彼のトレードマーク。 <ザ・メイン> で働く者でラポワントを知らない者はない。この街の生き字引なのだ。長くこの職につき、年老いたラポワントには一つの悩みがある。手術不可能な動脈瘤、いつ破裂するかわからない爆弾だ。
そんなある日、ラポワントは若い男が路地裏で殺害された事件を担当する。心臓を一突きされた死体。事件の捜査によって明らかになる、思いも寄らぬ人間模様とは――。彼はまた、街で遭遇した家出少女、マリー・ルイズと自宅で奇妙な同棲生活を始めることになる。死の予兆を感じ取った男は、この生活を通じいったい何を見るようになるのか。覆面作家として広く人気を集める作者の代表作。カナダを舞台に叙情溢れる物語が展開する。


大雑把に言えば、カナダはイギリス系移民とフランス系移民によって成立した国だ。国土の大半で優勢を占めるのはイギリス系であり、公用語も英語だが、フランス系住民が中心となっている土地もある。そして現在では、一部の都市でさらに移民の流入が進み、その両国語だけではなく、さまざまな国の言語が飛び交う、人種のるつぼが形成されている。例えば、返還前の香港から中国系住民が多く移住したことはご存じの通り。関心がある向きは、馳星周の力作『ダーク・ムーン』(集英社)は、その辺の事情について詳しい作品なので一読をお薦めしたい。

<ザ・メイン>はそのカナダの人種的状況を象徴するような街だ。モントリオールのフランス系地区とイギリス系地区の境界にあり、そのために多くの移民集団が流れこんで、ゲットーを形成するに至った。だから、この街で飲まれている酒も多種多様だ。ラポワントが同棲しているガール・フレンドのマリー・ルイズと行く店はギリシャ人の経営する店だからウーゾを出すし、ラポワントがピノクルをする仲間と飲む酒はワインだ――彼らはフランス系地区の住人だから。だがもっとも象徴的なのは、ラポワントの知り合いの浮浪者、汚れシャツのレッドの飲み方ではないだろうか。彼は、ウイスキーにワインを混ぜて飲んでいるのだ。ワインとウイスキー、まさにフランスとイギリス両文化の混合である。

『夢果つる街』は、木枯らし吹きすさぶモントリオールの情景がなんとも寒々しい小説だから、体を温めてくれるスピリッツの存在が重要な意味を持っている。ラポワントが物語の終盤に出くわしたある女性の重要証人とのやりとりもそう。彼女はある理由から、ラポワントに個人的な感情移入をし、それが原因で突如感情を爆発させる。その後の場面だ。

――気分が落ち着くと、女がものうげにいった。「こんなことして、わたしってばかね」

「まったくだ」

「ごめんなさい。寝酒をいっしょに飲んでよ。やさしいパパみたいに」

「よし」

二人は並んでカウンターにすわり、前の棚を見ながら黙って酒を飲んだ。(中略)

「ねえ、ほんとに……」といって大きなあくびをする。「……ほんとにわたしとやりたくないのね?」

ラポワントの目もとに小皺が寄った。「ああ、本当だ」

「よかった。わたしすごく眠いから」女は頭を起こし、立ち上がった。(後略)

ラポワントは女に紳士的な別れを告げ、女はある言葉を投げかける。それは物語の核をなす、非常に重要な言葉だが、実にさらりと口に出される。酔っているようでいて、実は芯からは酔っていない。またラポワントもそれを承知しつつ、あっさりとその事実を受け入れてしまう。酒が潤滑油にならなければ、こうも滑らかにはいかなかったことだろう。ほんのりと温かくなる酒精の魔力だけが、こうした大人の会話を可能にさせるのである。


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