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ウイスキーとミステリーの世界

『俺はレッド・ダイアモンド』
RED DIAMOND Private Eye

(1983 アメリカ) ; 作/マーク・ショア; 訳/木村二郎; 出版/ハヤカワミステリ文庫

俺はレッド・ダイアモンド

(ストーリー)
サイモン・ジャフィーは、ニューヨークのタクシー運転手。妻と二人の子供とともに、建売住宅に住んでいる。ローンに追われるサイモンの生きがいは、昔のパルプ・マガジンに連載されたタフな男たちのヒーロー小説を読むこと。サイモンは、現実ではなく、サム・スペードやフィリップ・マーロウが存在する世界の中に生きているのだ。ところがある日、その世界が根底から覆る日がやってきた。こともあろうに、妻が彼のパルプ・マガジンのコレクションを売り払い、銀行ローンの支払いに当ててしまったのだ。後に残ったのは、ハードボイルド・ヒーローのレッド・ダイアモンドが活躍する1冊だけ。もともと不安定だったサイモンの精神はショックのあまりダイアモンドの物語に過剰に入り込んでしまい、ついには自身がレッド・ダイアモンドと一体になってしまったのだった。世界にはびこる悪を退治するため、幻のヒーローは汚れた街へ出陣していく。奇想天外なハードボイルド。


ハードボイルドの歴史はウイスキーとともにある。1923年にパルプ・マガジン「ブラック・マスク」でレイス・ウィリアムズという名の私立探偵が活動を開始したことからその歴史は始まるが、当時は1920年に施行された禁酒法体制下にあった。ハードボイルド・ヒーローが市民権を得ていく過程は、1933年に禁酒法が解除され、ウイスキーが市場に復活する過程と軌を一にしている。したがって、初期のハードボイルドには禁酒法時代の色が濃厚だ。カナダとの国境を超えて運び込まれる「密造酒」、警察に踏み込まれたときにお茶を飲んでいたとごまかすためにティーカップで酒を出す「もぐり酒場」、などなど。当然、そこでは荒事がつきものだった。

1930年代のパルプ・ヒーロー、レッド・ダイアモンドに同化してしまったサイモン・ジャフィーがまず最初にしたことは、いかにもダイアモンドらしいことだった。すなわち、ヤバい男たちがうようよいる酒場に乗り込んで、荒くれ男を叩きのめしたのだ。

――バーテンダーは、カウンターの下から醜い短銃身の改造ショットガンを出して、ダイアモンドのほうに向けていた。

「そんなものしまっておけ」ダイアモンドが命じた。「それより、酒を一杯注いでくれ。さっきの酒を無駄に使っちまったからな」

バーテンダーはダイアモンドの前に酒を置き、にこりと笑ったが、金はとらなかった。

ちなみにダイアモンド=ジャフィーが飲んでいるのはバーボン・ウイスキーのストレート。荒々しいイメージのあるバーボンだが、アルコールの野趣を包み込んで余りある香ばしさに満ちている。バーボンの樽は内側を焦がして作るが、その薫りでもあるだろう。もっとも、オリジナルのダイアモンドが生きていた1930年代にはそんな本式の熟成過程を経たバーボンなどは望むべくもなかったに違いない。おそらくは熟成の必要がないウォッカなどのホワイト・リカー、もしくはありあわせの樽を使ったまがいものがほとんどだったはずだ。その証拠に、別の場面でダイアモンド=ジャフィーは「バーボンとコーク」なんて酒の頼み方をしている。趣味もあるだろうが、どちらかというと甘い薫りのバーボンにコーラを合わせるのはあまり感心しない。

たぶん、密造酒時代に酒の味をごまかして飲んだ記憶の名残なんだろう。そう考えると、ダイアモンドも現代に復活できてよかったというものである。今ならどこの酒場でも、おいしいバーボンがいっぱい飲めるからね。


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