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ウイスキーとミステリーの世界

『夜のオデッセイア』

(1981 日本) ; 作/船戸与一; 出版/徳間文庫

夜のオデッセイア

(ストーリー)
八百長ボクサーの《俺》は、トレーナーの野倉とともに大型ワゴン《オデッセイア》に乗ってアメリカ大陸を放浪していた。各地のプロモーターに声をかけられれば、金をもらい負け役を引き受ける。八百長の失敗で暴力団に命を狙われているため、日本のボクシング界には決して戻れない運命の二人。その《オデッセイア》に強引に乗り込んできた二人組があった。ウイスキー・ジョーとブランデー・ジョー、ふたごと見まごうほどによく似たプロレスラーのコンビだ。あっという間に彼らのペースに巻き込まれた《俺》と野倉だったが、次に立ち寄ったニューヨークの街でも、《俺》の昔の女・志垣直美とその甥ヒューイも仲間に加わり、《オデッセイア》一行はますます賑やかになる。目指すはフロリダ州マイアミ。その地で《俺》はウインディ・ハッサンという名のボクサーと出会い、そのために一同の運命は大きく展開し始める。故郷喪失者たちの数奇な運命を描く大冒険小説。


ウイスキーの語源は、ゲール語のウシュク・ベーハーから来ている。その意味は「生命の水」である。蒸溜酒をスピリッツと総称するが、魂、生命を意味する言葉をあてるほどの霊力が蒸溜酒には備わっていると考えられたのだろう。『夜のオデッセイア』に登場する愛すべき大男・ウイスキー・ジョーとブランデー・ジョーの二人組は、そのスピリッツの名前をリングネームに戴いた男たちだ。ウイスキーしか飲まないからウイスキー・ジョー、ブランデーしか飲めないからブランデー・ジョー。何とも力強い名前である。やはり強い酒は強さの象徴だ。当然飲むときは壜ごと飲む。

――「わかってねえようだな」ウイスキー・ジョーは首を振った。「叔母は好きなものを飲めと言ったんだ。おれはウイスキーを一本飲むし、ジョーはブランデーを飲む。おまえは何が好みなんだ?」

《オデッセイア》は北米大陸を縦横無尽に走り回るが、その姿は大開拓時代の冒険者たちを思わせる。馬さえあれば、どんな土地でも流れて行けた時代である。その頃も、旅のお伴といえば当然ウイスキーだったろう。サルーンと呼ばれる酒場で提供されるウイスキーは、おそらく密造酒すれすれのひどい代物だったかと思われるが、それでも疲れた体に活を入れてくれるものは、ウイスキーのほかになかったのである。もちろん、男だけではない。『風と共に去りぬ』のヒロイン、スカーレット・オハラがバーボン・ウイスキーをあおるシーンをご記憶のファンも多いだろう(その後、酒臭さを消すためにオーデコロンでうがいをするのである)。ただ飲むだけではなく、一種の薬として用いられたこともあるし、調理にも役立つ。焚火にかざしたフライパンの上でソーセージを焼き、ウイスキーでさっとフランベしてできあがり、なんて場面も西部劇ファンにはおなじみのものだ。

――「酒を持ってきてくれないか、姐ちゃん」たまりかねたウイスキー・ジョーが大声をだした。

「飲まないほうがいいわ」

「どうして?」

「肩の傷によくないわよ。もし化膿でもしたら……」志垣直美はそう言いながらも立ちあがった。

「そんな軟弱な体じゃねえよ」ウイスキー・ジョーは半分怒ったような口ぶりで言った。

ウイスキー・ジョーにとってウイスキーというスピリッツとはすなわち霊魂そのものだから、拳銃で肩を撃ち抜かれるという怪我を負ったときにも、こうしてウイスキーを飲むのである。もっともウイスキー・ジョーほどの強靭な体力がない一般人には彼の真似はむりなんだけど。われわれはせいぜいウイスキー・ジョーにあやかってグラスを重ねることにしよう。ウイスキー・ジョーの霊力の、百分の一でも備われば素晴らしいではないか。


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