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ウイスキーとミステリーの世界

『探偵はバーにいる』

(1992 日本) ; 作/東直己; 出版/ハヤカワ文庫

探偵はバーにいる

(ストーリー)
歓楽街ススキノで便利屋稼業を営む <俺> 。その周りでトラブルが途切れることはない。その晩、一軒目のバーで最初の一杯を楽しもうとしたときだった。思わぬ珍客が <俺> の手を止めさせた。北海道大学の学生・原田。彼はかつて <俺> が在籍していた研究室の後輩だったが、同棲していた短大生の麗子が行方不明になったため、力を借りに来ていたのだった。成り行きから <俺> は麗子の写真を預かり、捜査を開始する。だがその過程では思いもかけないような事実が明るみに出てきた。麗子はすでに短大を中退していたらしい。しかもその銀行口座には不自然なほど頻繁に入金がされていたのだ。売春に手を染めていたのか。 <俺> は麗子の身辺をさらに調べ上げ、彼女がラブホテルで起きた男性の殺人事件となんらかの関係を持っていたらしいことをつきとめる。そしてやがて彼の背後に忍び寄る複数の怪しい影――。北の都を舞台にした珍しいハードボイルド。その記念すべき第一作。


男やもめにうじが湧く、などと言う。どうぞ何でも勝手に湧いてください。それは他人の知ったことではないのである。男がどうしても格好をつけなければならないのは、バーに出かけるときだけ。そのときはできればスーツで。少なくともだらしなく見えない格好で飲まなければならない。酒を飲む姿勢はその人の名刺代わりになる。だらしない格好の酒飲みは、だらしない人間なのである。これは死んでも守るべきルールである。

ススキノの <俺> は、便利屋だ。あちこちのバーに顔を出し、「名刺を配って歩く」のも仕事のうち。一日の始まりは、いつも馴染みのバーテンダーがいる <ケラー・オオハタ> で。

――彼はそんなゴタクを並べながら、俺の前におしぼり、ピースの缶、胃腸薬の大箱、水を注いだタンブラァを置く。俺は箱から胃腸薬を二袋出し、口を切った。岡本はオールド・ファッションド・グラスに氷を落とし、辛口の特製ラスティ・ネイルを作り始める。(後略)

ラスティ・ネイルとは、スコッチ・ウイスキーから作ったリキュール、ドランブイとスコッチをステアしたカクテル。ドランブイがかなり甘いリキュールであるため、スコッチで割ったのが起源といわれている。つまりは当たりは優しいがずしんと重いカクテルなのだ。これで戦闘準備オーケーである。そこから2軒目の <フラミンゴ・ドリーム> へ。

――「いらっしゃい」痩せた小柄なマスターが口ヒゲを静かに動かし、微笑みを作りながら言う。俺はカウンターの左端に座った。ジャック・ダニエルズを満たしたストレート・グラスがコトンと俺の前に現れる。俺はこの酒のストレートを十二オンス・タンブラァになみなみと注いで呑むのが好きなのだが、ここではこうして呑む。マスターの好みなのだ。

店の雰囲気に従うことも、正しい飲み方のルールである。この店で <俺> は、ある女性に出会う。一人でカウンターに座り、まっすぐ前を眺めているため、 <俺> からは後ろ姿しか見えない。その肩が揺れているのは、もしかしたら泣いているのかもしれない。ちなみに、飲んでいるのはホワイト・レディ。さあ、 <俺> はこの女性に声をかけるべきか否か。

答えはノー。ホワイト・レディは、ドライジンとリキュールがベースのややアルコール度数が強めのカクテルだ。女性が一人で飲むカクテルではなく、恋人が横についているときに飲む酒なのである。つまり今から彼女の連れが来るか、もしくは逆についに来なかった男を思って泣いているのか。それに、カクテルの色はそのときの気分を表す目安にもなる。ホワイトは <清純> ――。そんな酒を飲んでいる女性に声をかけるなんて野暮のかたまりというものである。にもかかわらず、 <俺> はこの女性と関わりを持つことになる。バーのルールを守る男がどうしてそんなことになるのか。それは、実際に本を読んで確かめてください。


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