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ウイスキーとミステリーの世界

『冬の眠り』

(1996 日本) ; 作/北方謙三; 出版/幻冬舎文庫

冬の眠り

(ストーリー)
目前にした秋の風景の色が現実の色だということが信じられない。画家の仲木はそんな心境だった。人を殺した罪で3年間刑務所に入り、自然の風景には接することなく生きてきたのだ。今は後援者の好意に甘えて山小屋を借り、そこに籠って油絵の製作に専念する毎日だ。自分の体内から湧き出してくるイメージをカンバスに塗りつける。夜ともなれば酒を呷り、朝には運動をしてアルコールを抜き去る。ただそれだけの、単調な日々だ。
その仲木を訪ねてくるさまざまな人々。彼の絵を買いたいという小杉夏江や、彼の犯した殺人事件の取材をしていたライターの野村。そして仲木に絵の教えを乞いたいという学生の塚田暁子。彼らとの出会いの中で、仲木の中で何かが醸造され、油彩という形となって奔出していく。そしてやがて訪れたもう一つの出会いが、彼らを不可避的な結末へと導いていくのだった。ハードボイルド作家北方謙三が新境地を拓いた意欲作。


無から有を産み出す創作は、自分の中にある何物かを引き出す作業である。それは極めて孤独な営みだ。日本推理作家協会賞を受賞した『渇きの街』など、ハードボイルドの作品で知られる北方謙三は、その孤独な営みに惹かれた作家であると言っていいだろう。彼の小説には至るところに「創作」への熱情がほのめかされている。

刃を研ぐ、木を削る、焚火を熾す。何気ない動作だが、それらはみな「創作」の行為である。『冬の眠り』の主人公、仲木の場合、それは絵画への熱情、イメージを色彩として刻みつけようという行為となって表れているのだ。一杯のウイスキーですらも、その営みと無縁ではない。それは自らの心の中に深く沈みこみ、何事かを発見するために不可欠な儀式の道具なのだ。

――ビールではなく、ウイスキーを飲みはじめた。酔いが、躰を包みこんでくるのを待った。それほど深い酔いは、必要としていない。心の中にあるものを、眠らせるだけでいい。

液体の冷気が心を凍みさせ、猛々しい思いを沈めさせる。同時に酒精の暖気が囚われた思いを解放し、あるべき姿を浮かび上がらせるのだ。こうして仲木は毎夜酒精の神とともに自己と向かいあい、そして真の傑作といえる作品を創り始める。スケールは違うが、われわれは誰もがウイスキーのグラスを手にしたとき、こうした儀式に参加しているのではあるまいか。それが創作の形をとることは稀かもしれないが、少なくとも一杯のウイスキーの後にはそれまでと違った自分が残るはずである。

ウイスキーはまた、何気ない優しさの表明でもある。孤独に震える人の心を溶くときにも、やはり一杯のウイスキーに勝るものはない。仲木は大下という青年と出会うが、彼は己の中に渦巻く情念を外に向かって表すことのできない、孤独に隔てられた人物だった。彼に対して、仲木はウイスキーを振舞う。

――私は台所へ生き、水に漬けておいたセロリを丸ごと取り出し、振ってよく水を切った。それと塩、グラスが二つ。ウイスキー。(中略)

「飲めよ。こんな時は、内側から暖めるのが一番さ」

ウイスキーを注いだ。それからセロリを一本引きはがすと、塩をかけて齧った。私は、そうやって食うのが好きだった。

「いいな、それ。ほんとにうまそうに見える。俺も、貰っていいですか?」

こうして交わすグラスが、二人の男の運命を結び付けることになる。契りの盃、と気取ることもないだろう。生のウイスキーの強烈な炎は、一瞬にして鎖と鎖をつなぎ合わせる力を持っているのだ。酒場の友が真の友となることがあるのはこのためだろう。

己と向かいあうためのウイスキーと、誰かと溶け合うためのウイスキー。北方はその二つの魅力をさらりと描いている。大人の飲み方を学ぶというのは、形ではなく、こうした真理を知ることである。酒場に行くときのために、覚えておいたほうがいい。


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