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『裁くのは俺だ』
I,The Jury

(1947 アメリカ) ; 作/ミッキー・スピレイン; 訳/中田耕治; 出版/ハヤカワ・ミステリ文庫

裁くのは俺だ

(ストーリー)
私立探偵マイク・ハマーは怒りとともにその死体を見下ろした。ジャック・ウィリアムズ、ハマーの戦友であり、かつて右腕を失ってまで彼の命を救ってくれた男だ。それが下腹部にダムダム弾をくらい、無惨な死体と成り果てている。ハマーは物言わぬ骸に誓った。犯人には当然の裁きを受けさせてやる。それもハマー自身の手で、犯人の体の、ウィリアムズが撃たれたと同じ個所に45口径の銃弾を撃ちこんでやる、と。
捜査を進める中でハマーは美しい女性と知り合う。シャーロット・マニング、ウィリアムズの妻の診察に当たっていた精神科医だ。ハマーは彼女との出会いを繰り返していくうちに、いつしかその魅力に強く惹かれていることを自覚するのだった。しかし、彼の目的はあくまでわが手で敵を裁くことだ。危険な捜査行の果てに姿を現したのは、意外な犯人像だった。怒りに燃えるハマーの45口径が、今火を吹く。


アメリカの探偵マイク・ハマーといえば、ある時期タフな男の代名詞だったことがある。45口径の拳銃を握りしめ、悪党と見れば、ところかまわずぶっ放す。後には死体の山が累々と築かれるから、それを数える作者のミッキー・スピレインはたいへんだったことだろう。こんなハマーだから、さぞ女にも強かろうし、酒も飲むだろう。そんな風に考えて、彼の初登場作である『裁くのは俺だ』を読み返したのだが――。

おもしろいことに思ったほどハマーは酒を飲んでいないのである。いや、ぐびぐび飲んではいるが、スピリッツではない。ビールばっかり。それと同じで女性にもてんで奥手なのである。美人秘書のヴェルマが思いを寄せているのは明らかなのに手を出すそぶりもないし、恋人となったシャーロットに熱烈なキスをもらっておきながら、「俺だって結局はただの男なんだぜ。そんなキスをもう一度したら結婚するまで待てなくなっちまう」だって。

結婚するまで待つ! 天下のマイク・ハマーともあろう男が、まるで純情じゃないか。でも、彼の活躍した時代(『裁くのは俺だ』は、1947年の作品なのだ)を考えたら、やはりこの辺が限度だったのだろうな。だが、そのハマーも思わず節度(?)を忘れてしまいそうになった瞬間があった。偶然にシャーロットの全裸を見てしまったときだ。

――血が身体の内部で沸騰して手にしたグラスがぶるぶるふるえた。想像していたよりずっと美しかった。恐ろしくなめらかだった。(中略)俺達はひといきにそれを飲みほした。酒は俺の身体に燃えあがるあの炎に何も加えはしなかった。俺は彼女に手をさしのべてばらばらになるほどつよく抱きしめたいような気もちだった。(中略)彼女も、それ以上存在しない空間を通して更に俺に接近しようと絶望的に試みながら、はげしく燃えあがっているのだ。

どうです? 激しいでしょう。こんなに燃え上がっておきながらハマーはあっさりと激情のほむらを消してしまうのだが――、なんとこの時二人が口にしていたのがバーボンだった。なるほどウイスキーの酒精は、言葉に出せない秘めた思いをさらけ出させる、恋の魔力も持っているのだ。ただし、この時の飲み方はソーダで割った、ハイボール。さすがに、シャーロットのようなレディに生のままのウイスキーをお出しするのは気が引けたか。しかし割りものをした分、堅物ハマーの激情にも割引きがかかったような気が――。

でも、ストレートが似合う恋もあれば、ロックが似合う恋もある。ソーダで割った方がいい恋だってあるだろうさ。ハマーの恋がどの恋だったか、それは読んでのお楽しみ。


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