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ウイスキーとミステリーの世界

『ガラスの鍵』
The Glass Key

(1931 アメリカ) ; 作/ダシール・ハメット; 訳/大久保康雄; 出版/創元推理文庫

ガラスの鍵

(ストーリー)
賭博師ネド・ボーモンは、暗黒街の顔役ポール・マドヴィッグの親友だ。そのマドヴィッグは、選挙を目前に控えた上院議員ラルフ・ヘンリーの懐に食いこみ、その後押しのため、躍起になっていた。彼はヘンリーの愛娘ジャネットを深く愛し、結婚を考えるまでになっていたのだ。だが、マドヴィッグがヘンリーに招かれ、晩餐へ出かけた夜に事件が起きた。ヘンリーの息子テイラーが、マドヴィッグのオフィス近くの路上で、死体となって発見されたのだ。
マドヴィッグを守るために暗躍を始めるボーモン。しかし、事件を担当する地方検事をはじめとする事件の関係者の手元に、匿名の、奇妙な手紙が舞い込んでき始めた。三つの質問を記した手紙。それは真犯人を告発するためのものなのか? 差出人は、なぜそのような手紙を送り続けるのか? 真意を探ろうとするボーモンは、何者かに襲撃され、手傷を負わされてしまう。果たして、ボーモンは勝つことができるのか?


ダシール・ハメットの主人公というと、私立探偵のコンチネンタル・オプや、『マルタの鷹』に登場するサム・スペードが有名で、人気のあるヒーローだ。だが本書の主人公ネド・ボーモンは、その二人に負けないほどタフで、クールな男である。ボーモンはこの小説の中で、友人のマドヴィッグを助けるためにいろいろと汚い手を使う。友人のためなら、どんな汚い手を使うことも平気な男なのだ。そして正真正銘のワルでもある。この小説の中では、ウイスキーがその彼の危ない魅力を表現する小道具として用いられている。

例えばボーモンは、夫が寝んでいる階下の部屋で、平気でその妻を征服することができる。その女、エロイーズはウイスキーを取り出し(残念ながら種類はわからない)、グラスを掲げて乾杯してみせる――「わたしの夫のために」と言って。そして、それに対するボーモンの返答は、拒否。グラスの中身を暖炉の火のなかにぶちまけることによって、場を支配しているのが自分であることを示すのだ。酒を浴びて、踊る炎はボーモンの怒りの表現。そして女は新たにグラスに酒を満たし、乾杯せずにはいられないのだ――「あなたのために!」と言って。どうです、こんな男に口説かれたことはありますか?

また、ボーモンが自分を痛めつけたギャングに報復をする場面。酒場でボーモンに出会ったギャングは、すっかり彼を舐めてかかって、ボーモンに酒を飲もうと誘う。ギャングの飲むのは「ライ・ウイスキー」、そしてボーモンが飲むのは「スコッチ」だ。言うまでもなく、ライはゴツゴツしていて素朴、スコッチは洗練されていて、その上したたかだ。この場面のすぐ後、ギャングはボーモンの反撃を受けて、やられる。ボーモンの飲むスコッチは、相手に対する無言の挑戦状だった、というわけだろう。

そのボーモンがカクテルを飲むシーンがある。当然ウイスキーベースのカクテル、マンハッタンだ。生の酒が似合う男がなぜ、と不審に思ったが、ここは彼がいささか酔いがまわりすぎたご婦人をなだめる場面。なるほど、ストレートのスピリッツよりも、ソフィスティケートされたカクテルの方がふさわしいというわけか(さすがハメット)。しかし、同じマンハッタンでも、ボーモンのグラスにはスイート・ベルモットの代わりにドライ・ベルモット。チェリーの代わりにオリーブが入っていたに違いない。いわゆるドライマンハッタン。なにしろ辛口の男なのだから。


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