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2nd day History Column
怪物ウスケ
「なんでもウスケとかウイスケとかいう怪物を飼っとるらしい」
京都郊外・山崎の地に、不穏なウワサが流れ始めたのは、昭和初年のことだった。鳥井信治郎(サントリー創業者)が、この地にわが国初のウイスキー蒸留所を建設したのが大正13年。以来、地元の住民は、この異風な工場に大量の大麦が運び込まれるのを、毎日のようにながめてきた。ところが、どんなに麦が運びこまれても、出てくるものは何もない。ウイスキーの熟成に何年もの歳月がかかることなど、誰も知らなかった時代のことである。これほど非生産的な工場の存在は、人々の想像を完全に絶していた。「ウスケの餌じゃないか?」そういう疑いにも、一概に笑い飛ばせない真実味がこもっていたのである。もっとも寿屋(サントリーの前身)の社内でも、この工場は怪物的存在だった。投資のみで、なんの利益も生み出さない「ウイスキー」という名の大喰らいの怪物に、会社の土台そのものが食い尽くされそうになっていたのである。ただ一人、鳥井信治郎だけが耐えていた。「もう少しや。もう少し熟成させれば、きっとええウイスキーになる。辛抱やで」ジャパニーズ・ウイスキー誕生前夜の、産みの苦しみであった。
怪物ウスケ