バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

スプリング・ウォーター

アメリカには19世紀に入ってすぐにヨーロッパから炭酸水の製法が伝わり、1807年にフィラデルフィアの薬剤師、タウンゼント・スピークマンが果樹シロップと砂糖をソーダ水に混ぜたドリンクをつくる。翌1808年には自身のドラッグストアで販売を開始した。これが現在の炭酸飲料の元祖だという説がある(1750年レモネード元祖説、1771年トニックウォーター元祖説もあり)。

アメリカでも病気治療薬として信じられ、そのためスピークマンの炭酸飲料開発以降、各地のドラッグストアで、つまり薬剤師によってソーダ水が販売されるようになる。レモンやバニラなどさまざまな味つきのソーダ水はたちまちにして大人気となった。

1832年、ニューヨークのジョン・マシューズがソーダ水製造のための専用機器(ソーダ・ファウンテン/ドリンク・ディスペンサー)を開発、販売する事業をはじめた。同時期にマシューズの従業員だったオールド・ベン(Old Ben/解放奴隷だったので当時は愛称)がニューヨークで最初のソーダ水販売店を開業した。

これから後、加圧式炭酸水製造機の改良、開発がすすむ。ボストンのA.D.パッファ(Alvin D. Puffer)、ジェームズ・W・タフツ(James W. Tufts)、フィラデルフィアのジョン・リッピンコット(John Lippincott)といった開発者が登場する。タフツのような薬局経営者も参入していたように、皆がドラッグストアのカウンターに設置することを念頭にソーダ・ファウンテンを設計した。

彼らは大理石をはじめ鉄や銅を素材とした箱型の装置をつくりはじめたが、やがてデザインに凝った進化した装置に変貌していく。当時流行だったロマン派風、あるいは新古典主義の建築、インテリアのスタイルを取り入れるようになる。白鳥、獅子、カントリーハウス、寺院、スフィンクスなど珍妙といえる意匠ではあったがどれも人気が高かったという。すべてはドラッグストアの来店客を驚かせ、喜ばせるために考案されたものである。

もともと大衆から関心の高かったソーダ水は、こうした機器の登場によってよりドリンクとしての人気がより高まっていく。とくに南北戦争後(1861−1865)、ソーダ・ファウンテンは急速に普及していくようになる。

1876年にフィラデルフィアで開催された独立100周年記念祭では前述のリッピンコットとタフツが5万ドルという巨額な費用を投じて14ものソーダ・ファウンテンを展示する。天使をかたどった装飾、金箔や銀の柱などの装飾がほどこされていた。とくにタフツは高さ9メートルにおよぶ大理石と銀をふんだんに使ったソーダ水製造機を建設して設置。来場者たちは度肝を抜かれ、彼らのプレゼンテーションは大成功となる。薬剤師やドラッグストア・オーナーたちがこぞってソーダ・ファウンテンを注文するようになる。

ここからソーダ・ファウンテン事業は振興していき、産業として発展。全米のドラッグストアに華美なデザインのソーダ・ファウンテンが設置されていくようになった。

(第63回了)

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