バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

ユーペン

スコッチはまだブレンデッドが誕生していなかったからセルフウイスキー(当時はシングルモルトという呼び方はなかった)であったはずだ。アメリカンは時代としてはライウイスキーの可能性が高い。とにかく、琉球王国の偉い人たちが徳川幕府の役人たちよりも先にウイスキーを飲んだことは確かである。

 

では、具体的に縁のある主な日本人を紹介しよう。1900年女子英語塾(津田塾大学)、1906年日本YWCAを創設した津田梅子(1861−1929)。1871年に6歳でアメリカに渡り、ワシントンで留学生活を送ったが、キリスト教を信仰し、1873年にフィラデルフィアの独立教会で洗礼を受けている。

教育者で思想家、5,000円札の肖像で馴染みのある新渡戸稲造(1862−1933)。美しい英文で書き上げた名著『武士道』(1900年刊)はいまも世界で読み継がれている。彼は1884年、ペンシルベニア州の南隣メリーランド州ボルチモアのジョンズ・ホプキンス大学に留学。1891年、メアリー・エルキントン(日本名・万里子)とフィラデルフィアで挙式した。

黄熱病、梅毒の研究で名高い野口英世(1871—1928)は1900年に渡米。フィラデルフィアのペンシルベニア大学医学部助手がその第一歩だった。

ペンシルベニア大学は全米で最難関の大学のひとつ。創立者のなかには建国の父のひとり、政治家で科学者、凧(たこ)を使った実験で、雷が電気であることを明らかにしたベンジャミン・フランクリン(1706−1790)がいる。

イギリス植民地時代の教育機関のひとつとしては4番目に古く、1740年“フィラデルフィア・アカデミー”として創立。1755年、学部、大学院を兼ね備えた研究組織としてアメリカではじめて名称にUniversityを付けられた。大学設立には後の独立宣言署名者9人、合衆国憲法署名者11人が関連していたというから、名門中の名門である。University of Pennsylvaniaの名称を略してUPennあるいは単にPennの愛称で呼ばれることが多い。

生物医学研究の分野での重要拠点であるが、経営学、法律学でも名高い。日本の政財界にも多数の出身者がいる。教員、教授にも日本人がたくさんいる。またユーペン卒あるいは研究機関と関連のあるノーベル賞受賞者は30人近くにのぼる。日本人受賞者としては2000年ノーベル化学賞白川英樹博士、同じく化学賞で2010年根岸英一博士がユーペンに在籍していた。

ただしペンシルベニア州には名門大学が数多くある。ピッツバーグにある鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが設立したカーネギーメロン大学はマサチューセッツ工科大、カリフォルニア工科大と並ぶ工科大学の名門であり、またピッツバーグ大学も先端的研究で知られる。他にはペンシルベニア州立大学、ドレクセル大学、リーハイ大学など。これらはすべてUSニューズ&ワールド・レポートのアメリカ総合大学ランキングトップ100に入る。

ちなみにドナルド・トランプ現45代大統領は全米ではじめて設立されたビジネススクールであり世界的に名高いユーペン・ウォートンスクール卒である。さらにユーペンは世界億万長者出身校ランキング1位に君臨しているらしい。

さて、今回は教育研究分野でのペンシルベニアを紹介したが、ウイスキーの香りがまったくしないように思えるだろう。たしかに現在、蒸溜業は忘れられているといってもいいし、蒸溜所は遺跡のように語られている。次回はこのペンシルベニア州がかつてウイスキー王国だったという話をしたい。

(第61回了)

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