バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

ミリオネア

南北戦争後から1893年のアメリカ史上初の大規模な金融恐慌に陥るまでの間を“金ぴか時代”と呼ぶ。これはマーク・トウェインとチャールズ・ウォーナーの共著『Gilded Age』という小説のタイトルに由来している。早い話、あきらかな格差社会。たしかに経済は発展し、国威は高まったが、資本家と庶民との差が歴然となったのである。

そしてローブリング、ロックフェラー、グッゲンハイムなどのドイツ系アメリカ人が活躍した時代でもあった。酒類業界ではアメリカ三大ビールメーカーが1850年代から70年代にかけて誕生しているが、創業者は皆ドイツ系だった。ジャーマン・アメリカンは深くアメリカ社会に根を張っていった。

ケンタッキーではドイツ系のビーム家がバーボンウイスキー興隆のために尽力していた。1892年、4代目ジェームズ・B・ビームは姉の夫ハートと共同でクリア・スプリングスの谷にビーム&ハート・オールドタブ蒸溜所を建設し、さらに事業を拡張させている。

ちなみに同じ92年、日本では学校を終了したばかりの13歳の少年、鳥井信治郎が大阪・船場の薬種問屋、小西儀助商店に奉公に出る。この店では薬品だけでなく輸入洋酒も扱っていた。信治郎は薬の調合を覚え、洋酒に接し、ジャパニーズウイスキーの創造と名ブレンダーへの道を歩む第一歩を踏み出した。


金ぴか時代、アメリカのウイスキー業界は変革期にあった。ライウイスキーが大きなシェアを誇っていたことは確かではあるが、19世紀末になるほどバーボンが興隆し、ライ麦生産は需要に追いつかず、そして「カナディアンクラブ」という軽快なライ麦風味のカナディアンウイスキーがアメリカ市場で着実にポジションを獲得するようになっていた。

おそらく当時のライウイスキーには洗練がなかったのではなかろうか。それゆえ救われたともいえる。荒々しいが、古典的な昔から馴染んだ風味だったからこそ劇的な衰退までに至らなかったのだろう。人の嗜好は簡単には大きく変わらない。ただしケンタッキー・バーボンの伸張に加えてカナディアンの浸透はライウイスキーに翳りをもたらしたことは確かである。

いまわたしたちは洗練と力強さを抱いた素晴らしいライウイスキーを味わうことができる。象徴は「ノブクリーク ライ」。ビーム家が原点回帰の思想から力強く、しかも洗練された味わいのクラフトバーボンシリーズを創造していくなかで、2012年に誕生した珠玉のライウイスキーだ。

リッチなコクがありながらライ麦由来のハーブ的な感覚が爽やかさを印象づけている。ストレートで味わってもスムースで温かみがある。21世紀のいま、アメリカではライウイスキーの人気がじわじわと高まってきている。

(第35回了)

for Bourbon Whisky Lovers