FLIP THE SWITCH

    是枝裕和

    何を作るか、どう作るか

    名実ともに今の映画界を
    代表する監督、是枝裕和。
    独自の姿勢を貫く、
    その映画との向き合い方とは

    PHOTOGRAPHY: HIRANO TARO  TEXT: MAKINO TOMOHITO

     取材の数日前、『三度目の殺人』が日本アカデミー賞で六冠に輝いたことが報じられた。名実ともに今の映画界を代表する作り手である是枝裕和。題材の選び方、子役との向き合い方など“映画の中身をどう作るか”だけでなく、“どういう環境で映画を作っていくべきか”までを含めた、是枝らしい映画との向き合い方とは。現在、新作『万引き家族』を準備中の是枝を、活動の拠点である「分福」のオフィスに訪ねた。

    知らないからこそ選ぶ
    モチーフの選び方

    ――『誰も知らない』や『そして父になる』のように現実に起きた事件を映画の題材にすることは、是枝監督らしい方法論の一つだと思います。それはテレビディレクターとしてドキュメンタリーを作っていた経験からでしょうか。
    「それが大きいと思います。大学時代、僕が触れていた世界はほぼ映画とテレビの中で閉じていました。だから二十代前半の頃に書いていた脚本は、おじいちゃんがみんな笠智衆みたいだったりしていて。それは本物のおじいちゃんを知らないから。だけど、ドキュメンタリーを作り始めて、取材でいろんな人に出会っていくうちに、今のままだとこういう人たちのことをフィクションで書けないなと思ったんです。それが二十七、八歳の頃。その頃、フジテレビのNONFIXという枠でドキュメンタリーを何本か作りました。最初に僕を担当してくれたフジテレビの編成マンが、僕がいくつか企画書を持っていくと、その人が詳しくない分野の企画を選んだんです。『僕は福祉のことを何も知らないからこれをやって』って。すごいなと思いました。その一本目のドキュメンタリー(『しかし… 福祉切り捨ての時代に』)をきっかけに、それまで自分があまりちゃんと向き合ってこなかった問題を題材にしたものをいくつか作りました。在日のマイノリティの問題、被差別部落の問題、エイズ患者の問題……そのあたりはすべて自発的な企画ではなく、依頼されて作ったもの。自分からはなかなか踏み込めなかった題材だと思います。その時期の経験がベースにあるんだと思います」

    ――知らないからこそ題材に選び、作りながら考えていく、ということですね。
    「それは今でもそうだと思います。『三度目の殺人』も司法制度について作りながら考えていく映画でしたから」

    ――『三度目の殺人』は「法廷は真実を追求するための場所なのか?」という問いをめぐる作品だったと思いますが、世の中で「こうである」と思われていることに対する疑問や違和感は、作品を作る動機として重要でしょうか。
    「重要です。僕が天邪鬼だということもあると思うけど(笑)。『誰も知らない』も、報道では鬼のような母親、地獄のような子どもたちの暮らし、というイメージで溢れかえっていたけど、『ほんとにそうか?』と思ったことが出発点。お兄ちゃんが妹の遺体をレッドアロー号に乗せて山に埋めに行った、という事実を警察は証拠隠滅だと捉えたけど、それを新聞で読んで『違うんじゃないか?』と思った。そういう違和感からスタートしています」

    ――新作『万引き家族』は、親の死亡通知を役所に提出せずに年金を不正受給していた家族が逮捕された、というニュースがきっかけで生まれた企画だそうですね。
    「隣の部屋で死んでいる母親をそのままにしておいて、年金を貰い続ける。それで『死んだと思いたくなかった』と言っている。普通に考えるとふざけるなと思うし、それはそうなんだろうけど、そういう家族の姿をもう少し近くで見てみたいな、と思ったんです。一方で、子どもに万引きさせていた家族のニュースがあって、『善悪の区別もつかない子どもに犯罪をさせるのは一番ひどい虐待だ』というのを読んだ時に、でもきっと子どもは楽しかっただろうなと思った。万引きしてスーパーから走り出てくる子どもを、車のドアを開けて待っていて、そこに子どもが飛び乗って走り去る。それを肯定するつもりはないけど、それでワクワクしている子どもがいる。それを描いてみたかったんです」

    ――興味を惹かれる世の中の出来事は数多くあると思いますが、それが映画になる、ならないの線引きはどこにあるのでしょうか。
    「映画にならないと思うのは僕じゃなくて、むしろ周りのお金を出す人たちだったりします。そこは自分の判断というより、時代の判断というか、状況が判断するもの。それが間違っているわけでもない。自分が作りたいものにこだわって、一つの企画を十年温めて発表する監督がいても全然いいし、むしろそれは潔いかもしれない。でも僕はそうではない。それは僕が貧乏性なのか、テレビをやっていたからなのか。テレビって企画のプレゼンに行く時、だいたい本命と対抗と穴みたいに三つぐらい企画を持っていくんです。三つ見せるとテレビ局の人は一つぐらい通してやろうと思ってくれるから。それに慣れちゃったというのはあります。しかも本命でも対抗でもなく、穴の企画が通ることも多いし、結果的にそれが面白くなったりもする。そこは難しいですね。自分が一番やりたいと思うことが必ずしも本当に強いか。それは自分では判断できなかったりする」

    ――その柔軟な姿勢こそ最も是枝監督らしい映画との向き合い方だと思いますが、“穴”の企画が成功した例を具体的に挙げるなら?
    「『そして父になる』はそうです。福山雅治さんと一緒にやることになってから、やろうと思った企画がいくつかポシャって、唸ったすえ四つ目ぐらいに出てきた企画ですから。だからわからないんです」

    自力で発明した苦肉の策
    子どもを演出する方法

    ――「子役のナチュラルな演技」は是枝作品の特長で、それを支えているのが「子役には台本を渡さず、台詞を口伝えする」という手法であることはよく知られています。多くの映画やテレビの制作現場では子役にも台本を渡すのが普通だと思いますが、監督がその慣例にならわず、自分なりの手法を初めて試みたのはいつですか?
    「『誰も知らない』です。台詞じゃないものを役者が口にする、というのは『ワンダフルライフ』や『DISTANCE』でもやっていたけど、台詞を口伝えしたのは『誰も知らない』が最初」

    ――なぜそういう方法を?
    「それはシンプルに、子どもたちに台本を渡して台詞を言ってもらったら下手だったからです。次男役の木村飛影くんとかもオーディションの時は滅茶苦茶面白かったのに、台本を渡してお芝居をしてもらったとたん硬直しちゃって」

    ――そこで台詞の口伝えという手法にたどり着いたのはなぜ?
    「フリートークで喋ってみるとかいくつかのパターンを試したと思います。でも口伝えにしたのはなぜだろう……誰かがやっていたということではないんです。後で調べてみたら『クレイマー、クレイマー』の男の子はそういうやり方だったそうだし、『かいじゅうたちのいるところ』では男の子が耳に入れたイヤホンで監督が台詞を伝えていたそうで、なるほどと思いました。だからやっている人がいなかったわけではないと思う。僕は知らなかったけど」

    ――誰かの方法を真似たわけではなく、ご自身で見つけた。
    「苦肉の策ですけどね。たまたまです。今はそのやり方に適応できる子どもをオーディションの段階から選ぶようにしています」

    ――新作の『万引き家族』では、祥太役の城桧吏くん、ゆり役の佐々木みゆさんという二人の子役が出演しています。今回、何か新しい発見はありましたか?
    「そんな余裕はないですね。いくら十数年同じ方法でやっていても、子どもによって全然違います。その都度その子に合わせて何をどう伝えるかを探さなくちゃいけない。それは難しい作業です。みゆは女の子にしては珍しく、お芝居と自分がまだ切り離されていないタイプでした。だから悲しいシーンをやりたがらない。楽しい家族の話だと思っていたのに、途中で悲しい出来事が起きたことにショックを受けて『もう行きたくない』と言い出したり。取り調べのシーンでも、嫌だと言ってセットに入ってこなくて一時間ぐらい粘られたんだけど、負けず嫌いな性格を利用して『最後までしゃべらなかったらみゆの勝ち』と言って、ゲームにしてあげたら、すごく頑なないい表情をしてくれて」

    ――祥太役の城桧吏くんは?
    「今回、感情を伴う表現はみゆが担い、桧吏のほうはアクションを担うという役割分担をしていました。だから、桧吏の感情表現はフッとうつむくとかその程度。でも桧吏はとにかく表情がいい。だから、それだけでもきちんと感情が伝わるんです」

    ――そういう場合、役の気持ちを説明するんですか?
    「人によります。『誰も知らない』の柳楽くんは説明しないほうがよかった。『もうちょっとうつむいてごらん』とか『手元のペットボトルのキャップを三秒見てごらん』と言って、そうしてもらうとそれが切なさに見える。『切ないシーンだよ』とは言わない。撮影の途中、柳楽くんがしばらくテレビの連ドラの撮影に行っていた時期があって、戻ってきたらすごい説明的な芝居をするようになっていたんです。『もっと明るく』とか『もっと楽しそうに』とさんざん言われたみたいで。だから全部削ろうと」

    ――演出家から受ける演出が全く違ったんでしょうね。
    「びっくりしたと言ってました。台本を覚えて現場に行くという習慣もなかったから、覚えずに行ったら怒られたって(笑)。今回の桧吏も基本的には説明しませんでした。あの子は周りの大人をすごくよく見ている子で、適応能力も高い。だから、撮影が進むに従ってだんだんいろんなことがわかってきて、感情表現も非常に繊細にできるようになっていった。だから、逆にそれをどう抑えていくか、という考え方でした」

    何を作るかだけではなく
    どう作るかも考えていく

    ――監督は二〇一四年にそれまで所属していたテレビマンユニオンを辞め、西川美和さん、砂田麻美さんらと共に、作品作りを主体にした組織「分福」を立ち上げました。その分福で新人を採用し、助監督に代わる「監督助手」というポジションを新たに作り、それで映画作りを学ばせるという、映画制作に後進育成のシステムを組み込む試みも続けています。
    「僕は意外と“何を作るか”よりも、そっちの“どう作るか”のほうが関心が高い。あまり純粋な監督じゃないんです」

    ――日本の映画界では珍しいタイプなのではないでしょうか。
    「監督は作家的に演出だけやっていればよくて、現場が終わったら後はよろしくというのが潔いという伝統があるから、僕みたいにどうお金を集めて、どういうポスタービジュアルで、どこの劇場にかけるとこの作品がきちんと届くかとか、監督の仕事として本質的ではないと思われていることに口を出すのは無粋だと思われてきたんじゃないでしょうか。でも僕らの世代ぐらいから、そういうことも含めて映画をコントロールしていくことが作り手として必要になった、という時代の変化もあるでしょうけど、僕はたぶん、テレビマンユニオンという、テレビの世界において“何を作るか”と“どう作るか”が不可分なものとしてある、という非常に厳格な価値観をもった組織に身をおいていたので、そういうことを考えるのが自然なんです。いま自分が何を面白いと思うかということと同じくらい、今のこの日本の状況の中で映画というものがどう生まれるべきか、それにとって何が困難で、どうすればそれが突破できるのか、ということに関心があります。それをかなりの労力を使って考えていくことは、映画作りと同じくらい重要で。そういうことはこの先も続けていきたいと思います。別にそれは苦にはならないので」

    是枝裕和 一九六二年生まれ。一九九五年に『幻の光』で映画監督デビュー。近年の監督作に『海よりもまだ深く』、『三度目の殺人』など。『万引き家族』は六月八日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開

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