約700年前、「ありのまま、自分らしくいること」の大切さを随所で綴った随筆文学、『徒然草』。
サントリー 天然水 GREEN TEAのブランドメッセージとも重なるそのスタイルを、今を生きる人々へ届けたい。
そんな想いから生まれたのが、この「徒然なるトリビュート」です。
ありのまま、自分らしいスタイルを貫く5組のアーティストが『徒然草』を再解釈し、オリジナル楽曲を書き下ろし。
MVを通じて、そのメッセージを届けていきます。
フジファブリックによる
徒然草 第189段の再解釈
確かなことなど何もないからこそ、思ったように事が運ばなくて当然。
だから日頃からそう思っていれば大抵のことでは動じなくてすむよ。
徒然草 第189段 原文
今日は、その事を成さんと思へど、有らぬ急ぎ、先づ出で来て、紛れ暮らし、待つ人は、障り有りて、頼めぬ人は、来り、頼みたる方の事は違ひて、思ひ寄らぬ道ばかりは叶ひぬ。煩はしかりつる事は、事無くて、易かるべき事は、いと心苦し。日々に過ぎ行く様、予て思ひつるには似ず。
一年の中も、かくの如し。一生の間も、また然なり。
予てのあらまし、皆違ひゆくかと思ふに、自づから違はぬ事もあれば、いよいよ物は定め難し。不定と心得ぬるのみ、真にて、違はず。
徒然草 第189段 現代語訳
今日は、そのことをしようと思っていても、思いがけぬ急用が出来して、それに取り紛れているうちに、一日が終わってしまう。また、待っていた人は都合で来られなくなり、当てにしていなかった人がやって来たりする。願い事は叶わず、思ってもいなかったことが実現する。面倒そうに思っていたことは、難なく済み、簡単なはずのことには、たいそう苦労する。このように、一事が万事、毎日が過ぎゆくありさまは、事前に予想していたこととは、似ても似つかぬものである。一年が過ぎてゆくのも、そしてまた、一生が過ぎてゆくのも、同様なのだ。しかしながら、予想がみな外れるかというと、そうでもなく、予想通りに進むこともあるから、いよいよ、予測するのは難しい。この世は、定めなく、つねに流動的であると心得ておくことだけが真実であり、こう思っていれば、間違いない。 引用元:『徒然草』(島内裕子 校訂・訳、ちくま学芸文庫)
O.N.Eの歌詞はこちら
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朝、バス定時に来ないやん
今日、傘なくてよかったやん
横向くと首が痛いやん
昨日、普通に寝たはずやん
やる気、全然起こらんやん
仕事、全然終わらんやん
レス、全然返さへんやん
昨日あんな笑ってたやん
ララララ ララララ
いっそひとつにならないか 僕とひとつにならないか
ララララ ララララ
明日何が起こるかなんて だれもわからないんだから -
グーって大きく鳴ったやん
静かな時に限ってやん
ついさっき食べたばかりやん
それでも減るもんは減るやん
ララララ ララララ
いっそひとつ夢の中へ 探しに出かけてみないか
ララララ ララララ
何が起きようと時間は 知らない顔で過ぎるから
大切な時は早く 退屈な時は遅く
あやふやでも ちぐはぐでも 止めるものはないさ -
あっこ駐車場やったっけ
ここ自動ドアやったっけ
あんなに美味そうやったっけ
こんなに月デカかったっけ
一緒に眺めていたかった
一緒に笑えたらよかった
何も返ってはこないや
何も残ってはいないや
ララララ ララララ
明日何が起こるかなんて だれもわからないんだけど
ララララ ララララ
声も仕草も髪型も 変わりゆく君の全てを
愛せるのは僕だけさ いっそひとつにならないか
崎山 蒼志による
徒然草 第15段の再解釈
日常から少し抜けだせば、美しいと思える風景がある。
心地よく透き通った気持ちで、当たり前となっていた大切なものの輝きも、
より鮮明に捉えることができるだろう。
徒然草 第15段 原文
いづくにもあれ、暫し旅立ちたるこそ、目覚むる心地すれ。その辺り、ここかしこ、見歩き、田舎びたる所、山里などは、いと目慣れぬ事のみぞ多かる。都へ便り求めて、文遣る、「その事、かの事、便宜に忘るな」など言ひ遣るこそ、をかしけれ。さやうの所にてこそ、万に、心遣ひせらるれ。持てる調度まで、良きは良く、能ある人、容貌良き人も、常よりはをかしとこそ見ゆれ。寺・社などに、忍びて籠もりたるも、をかし。
徒然草 第15段 現代語訳
どこであれ、家を離れてちょっとした旅に出るのは、本当に目が覚めるような、新鮮な気持ちがするものだ。ここやあそこと、あちこち見歩き、田舎びた所や山里などは、ずいぶん見慣れないことばかりが多い。伝手を求めて都の留守宅に手紙を遣わす時にも、「そのことやあのことを、決して忘れないようにして、都合の良い時に済ませておきなさい」などと留守番の人に言づてさせるのは、とても面白い。また、そのような旅先でこそ、万事にわたっておのずと心の働きが鋭敏になり、旅に持参してきた身の周りの品々なども、素晴らしいものは日頃にも増して素晴らしく、また、旅の同伴者も、能力のある人や容貌が優れている人は、普段に増して素晴らしいと、つくづくその良さがよくわかる。また、お寺や神社に、誰にも知らせずに、ひっそりと籠もったりするのも、面白い。 引用元:『徒然草』(島内裕子 校訂・訳、ちくま学芸文庫)
柔らかな心地の歌詞はこちら
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空気を縫うみたく歩いて
足は軽く なめらかな気持ち
眠りの中のようだ けれど
命の声は耳を揺さぶるほどに
強い 眩しい
体内を這う指も蕩けて
柔らかな心地に呑まれて
空気と線を越えて
大切なものはまた輝くだろう
そうだろう
そうだろう -
穏やかな光を掴んで
手は離さないで
ゆらゆらと風のようになびくだろう
そうだろう
そうだろう
空気を縫うみたく歩いて
足は軽く なめらかな気持ち -
緩やかに身体をほどいて
目を少し開けて
透き通る宝石みたいな朝で
動かして 足を運んで
柔らかな心地に呑まれて
空気と線を越えて
大切なものはまた輝くだろう
そうだろう
そうだろう
tofubeatsによる
徒然草 第150段の再解釈
誰にとっても下手な物事を始め、続けていくことは簡単なことではないが、
それをすることができれば誰でも様々なことを会得し、
師匠と呼ばれる人間になることができる。
徒然草 第150段 原文
能を付かんとする人、「良くせざらん程は、憖じひに人に知られじ。内々良く習ひ得て、差し出でたらんこそ、いと心憎からめ」と、常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得る事無し。いまだ堅固、片帆なるより、上手の中に交じりて、譏り笑はるるにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜む人、天性、その骨無けれども、道に泥まず、妄りにせずして年を送れば、堪能の嗜まざるよりは、終に上手の位に至り、徳長け、人に許されて、双無き名を得る事なり。天下の物の上手と雖も、初めは不堪の聞こえも有り、無下の瑕瑾も有りき。然れども、その人、道の掟正しく、これを重くして、放埒せざれば、世の博士にて、万人の師となる事、諸道、変はるべからず。
徒然草 第150段 現代語訳
何かの芸能を身に付けようとする人は、「上手にならないうちは、なまじっか他人に知られないようにしよう。こっそり、よく習っておいて、そのうえで、人前に出たならば、たいそう奥床しいだろう」と、世間ではよく言うようだが、このように言う人は、一芸も上達しない。まだ、まるっきり下手で未熟なうちから、上手な人たちに交じって、馬鹿にされ笑われても恥と思わず、平気で過ごしてさらに努力する人は、生まれつきの天才的な才能はなくとも、たゆまず、ないがしろにせず年月を送ってゆけば、生まれつきは才能があっても一生懸命に練習しない人よりは、ついには上手になり、人徳も付き、世間からも許されて、並ぶ者なき名声を博すことになるのだ。天下の名人と言われる人でも、最初は下手であるという評判があったり、ひどい欠点があったりしたのである。けれども、その人が、その道の教えを大切にし、よく守って、気まま勝手にしなければ、世間の人からお手本と仰がれ、万人の師匠となることは、どの道でも変わりはないはずである。 引用元:『徒然草』(島内裕子 校訂・訳、ちくま学芸文庫)
Keep on Lovin’ Youの歌詞はこちら
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喫茶店 向かい合っているけど上の空
君は楽しいと思ってるかな?
笑顔を見せているけど
たくさんの人がいて
たくさんの物があるよね
なぜだか理由はわからないけど
少しずつ近づきたい
Keep on Lovin’ You
Keep on Lovin’ You
Keep on Lovin’ You
繰り返すリズム止めはしないよ -
間違えてしまったり
ドン臭いこともするけど
誠実にいれば大丈夫だと
教えてくれたのは君
Keep on Lovin’ You
Keep on Lovin’ You
Keep on Lovin’ You
繰り返すリズム止めはしないよ -
夢中で踊っていたら
見慣れてた景色 新しく見えた
Keep on Lovin’ You
Keep on Lovin’ You
Keep on Lovin’ You
繰り返すリズム止めはしないよ
Saucy Dogによる
徒然草 序段の再解釈
特に何も予定のない日、あえて他人との交流よりも自分との交流を深めてみる。
沢山の情報から少し離れて、自分自身を見つめ直していくことで、
迷走しつつもすっと腑に落ちるタイミングがあるのです。
徒然草 序段 原文
徒然なるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆく由無し事を、そこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。
徒然草 序段 現代語訳
さしあたってしなければならないこともないという徒然な状態が、このところずっと続いている。こんな時に一番よいのは、心に浮かんでは消え、消えては浮かぶ想念を書き留めてみることであって、そうしてみて初めて、みずからの心の奥に蟠っていた思いが、浮上してくる。まるで一つ一つの言葉の尻尾に小さな釣針が付いているようで、次々と言葉が連なって出てくる。それは、和歌という三十一文字からなる明確な輪郭を持つ形ではなく、どこまでも連なり、揺らめくもの……。そのことが我ながら不思議で、思わぬ感興におのずと筆も進んでゆく。自由に想念を遊泳させながら、それらに言葉という衣裳を纏わせてこそ、自分の心の実体と向き合うことが可能となるのではなからろうか。 引用元:『徒然草』(島内裕子 校訂・訳、ちくま学芸文庫)
雀ノ欠伸の歌詞はこちら
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嗚呼、平成乱世から今日は少し離れて
画面じゃなくて自分を見つめてみようかな
そこに本当の僕がきっと待ってる
できなかった事は大体
先延ばしにしていた事だったり
あの時やっておけばなんて
もう後の祭りだったり
今しかないを今やっておかなきゃな
後悔する前に
明日はオレンジの風が吹く
カーテンの向こう側新しい朝に
希望を感じてる
君もそうかな? -
周りの表情や態度なんか
一々気にせんでいいから
マイペースでもっと
自分なりの一歩で
良いんだよ
危機感を持てとか時間が無駄とか
ちょっと邪魔しないで
自分を大きく見せるのは
ちゃんと存在を確かめてないとさ
不安なんでしょ?
君の良いとこはみんな知ってるよ
だからあんまり気張りすぎないでね
キョロキョロしてちゃあ 気づかぬうちに
足元すくわれてしまうよ だから
背伸びしないで 自分らしく
歩いて行こうよ 後悔しないように -
明日はオレンジの風が吹く
カーテンの向こう側新しい朝が
たまに怖くなるよね
僕もそうだよ
本当の僕が欲望に蝕まれぬように
終末平成行く末もお茶は濁さないでクリアな
嘘のない今を生きよう
月は欠けて明日も時間は有限 戻らないが
可能性は無限にある 僕らいつも
怖がってしまうけれど 死ななければ
明日もオレンジの風は吹く
カーテンの向こう側新しい朝がもう
きっと待っている僕ら行かなきゃ
ネクライトーキーによる
徒然草 第243段の再解釈
子供の頃に、素直な疑問を持つことは素晴らしいことだし、
大人になっても、それに対して適当にあしらっていてもあまり良くないよ。
徒然草 第243段 原文
八つに成りし年、父に問ひて云はく、「仏は、如何なる物にか候ふらん」と言ふ。父が云はく、「仏には、人の成りたるなり」と。また、問ふ、「人は、何として、仏には成り候ふやらん」と。父、また、「仏の教へに因りて、成るなり」と答ふ。また、問ふ、「教へ候ひける仏をば、何が教へ候ひける」と。また、答ふ、「それもまた、先の仏の教へに因りて、成り給ふなり」と。また、問ふ、「その教へ始め候ひける第一の仏は、如何なる仏にか候ひける」と言ふ時、父、「空よりや降りけん。土よりや湧きけん」と言ひて、笑ふ。「問ひ詰められて、え答へず成り侍りつ」と、諸人に語りて、興じき。
徒然草 第243段 現代語訳
私が八歳になった年に、父親に問いかけて言った。「仏は、どういうものですか」。
すると、父が答えた。「仏には、人間がなるのだよ」と。再び、私は尋ねた。
「人間は、どのようにして、仏になるのですか」と。父は、また答えた。
「仏の教えによって、なるのだよ」と。三度、私は聞いた。
「教えなさった仏を、誰が教えになられたのですか」と。また、父が答えた。
「それもまた、その先の仏の教えによって、仏になられたのだ」と。四度、私は問うた。
「その教え始めなさった第一番目の仏は、どのような仏だったのですか」と聞いた時、
父は、「さあて、空から降ってきたのだろうか。土から湧いて出てきたのだろうか」と言って笑った。
「息子に問い詰められて、とうとう答えることができなくなりました」と、父はいろいろな人にこのことを語っては、面白がった。
引用元:『徒然草』(島内裕子 校訂・訳、ちくま学芸文庫)
波のある生活の歌詞はこちら
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気づけばもう四月
暖房は消せないでいる
部屋の静寂はいつも僕の味方だった
夕暮れ時になる
風はヒョーヒョーと吹く
帰る少年の足と晩ごはんのこと
明星から見てる
街灯はもうじき灯る
今はなんにもできない大人になりそうだ
気づけない生活
表情は消せないでいる
君が好きだったものは嫌いになるよ -
「あれはどうなってるの?」
「これは何でこうなの?」
普通のことも知らないまんまでいる僕は
うるさい、うるさい
誰かの声がする
ななめ、後ろ
どこからか声がする
それを気にしたり、
気にしなかったりしたなら
大人が困るようなこと
今日は言わないでおこう
「君はどうなってるの?」
「僕は何でこうなの?」
普通のこともできないまんまでいる僕が言いたいのは -
消えない、消えない
誰かの声がする
ななめ、後ろ
どこからか声がする
それをわかったふり、
わからないふりしたなら
どうでもよくなってみよう、いまさら
うるさい、うるさい!
自分の声がする
背骨の中
なぜだか笑えてくる
それが聞こえたふり、聞こえないふりして
嘘にならないようなこと
ちょっと言ってみたいんだよ