エッセイ ドゥダメルの魅力

「百年に一人の天才」が指揮するウィーン・フィル ―2014年ウィーン・フィル日本公演はドゥダメルが指揮 山田真一(音楽評論家)

(c)Vern Evans Photo

今年、2014年のウィーン・フィル日本公演は、今、世界で最も注目される若手指揮者、グスターボ・ドゥダメルと共に実現する。

ドゥダメルの名前は、日本ではこれまでウィーン・フィルと共演してきた指揮者と較べると馴染みがないかも知れない。それも無理からぬ話だ。なぜなら、彼は今年三十三歳になるベネズエラ出身の若手指揮者だからだ。だが、十年前バンベルクで行われた第一回グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝して以来、ドゥダメルの登場は世界に大きな衝撃を与えてきた。

それは彼が歩んできた道をまとめただけでもわかる。指揮者コンクール優勝翌年には、老舗レコード会社のドイツ・グラモフォンと専属契約を結んだ。ソリストでなく、二十代前半の指揮者とグラモフォンが専属契約を結んだのは前代未聞の出来事だった。その翌年には、北欧で最も録音が多い古豪オーケストラのエーテボリ交響楽団の首席指揮者に決まり、この秋からのシーズン中、シカゴ交響楽団、ボストン交響楽団、ドレスデン・シュターツカペレ、スカラ座、ベルリン州立歌劇場など、ベテラン指揮者でないと指揮できないような世界のトップ・オーケストラやオペラ座に次々と登場し、世界を驚かせた。そして、2007年、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に指揮デビューした(ルツェルン音楽祭にて)。ウィーン・フィルを指揮することは、世界の指揮者にとって目標というより、才能だけではなかなか成就できない、ほとんど夢物語のような出来事だが、ドゥダメルはそれを世界デビュー僅か三年目に成し遂げてしまったのだ。
2009年には、世界のメジャー・オーケストラの一つ、ロサンゼルス・フィルハーモニック音楽監督に二十代で就任。これは、メータ以来、半世紀ぶりの出来事で、欧米のマスコミには「百年に一人の天才」と言われるようになり、『タイムズ』は「世界で最も影響力のある百人」の一人としてドゥダメルを挙げた。この間、ドゥダメルは、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管弦楽団、ニューヨーク・フィルなど世界のあらゆるトップ・オーケストラを指揮するばかりか、世界のトップ・オーケストラの次期音楽監督として早くも下馬評があがっている。

ウィーン・フィルにドゥダメルはここ数年毎年登場しているが、驚くのは、その指揮するコンサートの多様ぶりだ。これまで指揮した主なコンサートを列記すると、ウィーンでの「定期演奏会」、ザルツブルク音楽祭コンサート、「シェーンブルン宮殿サマー・ナイト・コンサート」、「ルツェルン音楽祭最終コンサート」、ニューヨーク公演オープニング・コンサート、「ウィーン・コンツェルトハウス百周年コンサート」。そして、今年、いよいよウィーン・フィル日本公演に登場する。
つまり、ここ数年、ドゥダメルほどウィーン・フィルと密接に音楽活動をしている指揮者は他になく、これだけ多様なコンサートを任される程、ドゥダメルはウィーン・フィルから厚い信頼を得ている。ウィーン・フィルは現在、指揮者にタイトルの称号を与えないが、通常のオーケストラならば、何らかのタイトルが与えられて良い程の蜜月ぶりである。

ドゥダメルとは誰か

(c)Richard Reinsdorf/DG

ドゥダメルが如何に欧米、そしてウィーン・フィルに高く評価されているか、これでお分かり頂けたかと思うが、なぜこのような指揮者が南米ベネズエラから出て来たか不思議に思う方もいるだろう。

その秘密は、ベネズエラで約四十年前に始まった教育システム「エル・システマ」にある。エル・システマについては、すでに日本でも知られるようになったが、無料で楽器を習え、無料で楽器を借りることができ、無料でオーケストラ活動に参加できる、世界最大のオーケストラ教室である。ドゥダメルは、エル・システマで、十代のうちに“自分のオーケストラ”を持つことができ、世界中で指揮をしてきた。この経験抜きに現在のドゥダメルを語れない。その彼の手兵オーケストラ、シモン・ボリバル交響楽団は、もともとシモン・ボリバル・ユース・オーケストラと名乗る十代の若手からなるオーケストラだったが、ドゥダメルと共に演奏水準を上げ、現在では世界水準のプロ・オーケストラとなり、ドゥダメルと共に多くのレコーディングを行っている。

ドゥダメルは、エル・システマで、十代のうちに、マーラーの交響曲を何度も指揮していた。そのうちの一つは、千人の合唱団と二百人のオーケストラを指揮したマーラーの交響曲第二番「復活」である。その点で、今年三十三歳と若いドゥダメルだが、大オーケストラの指揮経験は、すでに二十年近いベテランなのである。
ウィーン・フィルほどのオーケストラは、世間で注目されているという理由だけで指揮者を選んだりはしない。仮に一度指揮台に招聘したとしても、ウィーン・フィルを指揮するだけの力量がなければ二度目の招聘はない。ドゥダメルが、毎年、ウィーン・フィルを指揮しているのは、指揮者としての力量とその音楽性を認められているからに外ならない。

ベネズエラという国そのものが日本には馴染みがないので、このような音楽家が生まれて来たことを不思議に思うかも知れない。だが、ベネズエラは、コロンブス(クリストバル・コロン)が最初に見つけたアメリカ大陸で、その海辺の美しさからベネチアのような土地を意味する〝ベネスエーラ〟と名付けられた歴史ある土地で、音楽文化も豊かだ。
アメリカ大陸に最初に入植したスペイン帝国はハプスブルク家であり、その意味で、ベネズエラ出身のドゥダメルが、ハプスブルク家の都ウィーンで活躍することは、いわば里帰りと言えなくもない。ベネズエラとウィーンとは、そのような間柄なのである。

ウィーン・フィル日本公演2014の注目

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 2013年公演(指揮:クリスティアン・ティーレマン)

さて、そのドゥダメルが指揮するウィーン・フィル日本公演2014だが、三つのプログラムが用意されている。

一つは、ルネ・シュタールの『タイム・リサイクリング』とモーツァルトの協奏交響曲 変ホ長調K364、ドヴォルザークの交響曲第8番。一つは、R.シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』とシベリウスの交響曲第2番。もう一つが、リムスキー=コルサコフのロシアの復活祭序曲と、ムソルグスキー(リムスキー=コルサコフ版)の交響詩『はげ山の一夜』、リムスキー=コルサコフの組曲『シェエラザード』である。

一つめは、ウィーン・フィルの地元オーストリアの作曲家シュタールとモーツァルトに、やはりオーストリアに縁があるチェコの作曲家ドヴォルザークを並べたウィーン・フィルらしいプログラムだ。シュタールの『タイム・リサイクリング』は今年、ザルツブルク音楽祭のウィーン・フィル公演でドゥダメルによって演奏されるだけに興味深い。

二つめは、『ツァラトゥストラ』とシベリウスの交響曲を並べた、シンフォニックな響きを満喫できるプログラム。ドゥダメルは、両曲ともすでにレコーディングしており高い評価を得ている。また、『ツァラトゥストラ』は東京公演の前に、ザルツブルクでも演奏して来るので、その出来映えは期待できるだろう。

三つめが、ロシアの作曲家によるプログラム。これは、世界中で大ヒットとなった2012年のシェーンブルン宮殿での「サマー・ナイト・コンサート」のプログラムにも通じる曲目で、「サマー・ナイト・コンサート」で息の合った演奏を披露したドゥダメルとウィーン・フィルのロシアものの演奏が、東京でも聴けるのは嬉しいことだ。

ドゥダメルの指揮したウィーン・フィルの演奏や音がまだ見当がつかない方は、すでにDVDやCDやインターネットでリリースされているので、確かめることもできる。ドゥダメルがウィーン・フィルを颯爽と指揮して、ドイツもの、イタリアもの、フランスもの、ロシアものを心地よく演奏している様を伺うことができる。
「ウィーン・フィルは、私にとって他のオーケストラとは較べられない特別なオーケストラです」と語るドゥダメルが指揮する九月のウィーン・フィル演奏会が今から楽しみだ。

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