日本フィル&サントリーホール 
とっておき アフタヌーン Vol. 12

<マエストロと新星が紡ぐストーリー>

広上淳一(指揮) インタビュー

指揮:広上淳一 Photo: Greg Sailor

指揮:広上淳一

Photo: Greg Sailor

日本フィルハーモニー交響楽団とサントリーホールが贈るエレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。2019-20シーズン「マエストロと新星が紡ぐストーリー」、最終回となるVol.12は、広上淳一マエストロの登場です。

日本フィルとは旧知の間柄。また、2015年に現在常任指揮者を務める京都市交響楽団とともにサントリー音楽賞を受賞されるなど、サントリーホールとも深いご縁のある指揮者です。

お話を伺ったのは昨年末、サントリーホールで日本フィルとの「第九」公演のリハーサル直後。レインボーカラーのTシャツ、愛器のピアニカを片手に(リハーサルでオーケストラにフレーズを説明するときなどに使うそうです。ピアニカ演奏の名手でもあります)
楽屋に戻っていらしたマエストロは、にこやかに、エネルギッシュにお話ししてくださいました。

指揮:広上淳一 Photo: Greg Sailor

指揮:広上淳一

Photo: Greg Sailor

ピアノ:藤田真央 ©EIICHI IKEDA
ピアノ:藤田真央
©EIICHI IKEDA

新星ピアニスト、藤田真央さんとの共演です。
藤田さんはマエストロが教鞭をとられている東京音楽大学に在学中なので、よく学校でお会いになるそうですね?

真央くんね、よく一緒にコーヒー飲んだりご飯食べたりしてますよ、学校で。面白い子。僕のつまらないオヤジジョークにもよく反応してくれる、いい子です。気を遣ってね。きっとその後疲れているんじゃないかな(笑)共演するのは初めてなので、どんな感じになるでしょうか。

クララ・ハスキル国際ピアノコンクールで優勝したことで一躍世間に知られるようになりましたが、僕らは彼が高校に入ってきた時から注目していましたし、それ以前から噂は聞いていました。やはり、頭角を現してきましたね。

ピアノ:藤田真央 ©EIICHI IKEDA
ピアノ:藤田真央
©EIICHI IKEDA

今回、ショパンのピアノ協奏曲第1番で共演です。若い音楽家と共演される際に、マエストロがとくに意識していらっしゃることなどありますか?

どんなに才能がある人でも、ソリストとしてプロフェッショナルなオーケストラと最初にやるときは、それまでに何回もアマチュアや学生オーケストラとコンチェルトを経験して、手中に収めた曲を持ってきなさいと言っています。とくにピアノというのは、どうしても自分だけの世界に閉じこもりがち、それだけ一人の作業に膨大な時間がかかるということなのですが、ゆえに、どうしても独りよがりになってしまう楽器なのです。どんなにうまくてもね。

一方、オーケストラというのは社会の縮図です。各人いろいろな意見を持っていて、いろいろな都合のある楽器が集まって、ひとつの人間社会として出来上がったものが、あのような素晴らしい世界になる。しかし、ひとたび何かあると、いろいろな事故も起こります。人間社会ですから。ひとりひとりの精神的にもいろいろあります。自分の思う通りにはいかないし、計画通りになんていかない。オーケストラと共演するには、そういうことに慣れて、いろいろなことが起こるということを想定しなければいけないのです。

まずはしっかり自分の手中に入った曲で共演し、オーケストラに認めてもらって、そこから何回もやりながら、頂点の作品に臨んでいってほしい。焦ってはダメ。才能があってコンクールでいい成績を収めたりすると、すぐに周りが騒いじゃうけれど、時間をかけて勉強してほしいです。真央くんは頭のいい子ですし、ショパンは弾きこなしているでしょうから、大丈夫でしょう。楽しみです。

音楽家を目指すたくさんの学生さんたちと、日々向き合っていらっしゃるマエストロならではの思いですね。

もちろん若い人たちを心から応援していますが、「社会を知る」ということを優しい皮肉を込めて教育するようにしています。そして、一人の作業はとても大事だけれども、そこからいったん外れて、いろいろな楽器の人と仲間を集めて、三重奏、四重奏、室内楽をやってみたりして、遊びなさいと言っています。そうしないと実戦に入った時にわけわからなくなってしまうから。

とくにピアノはどうしても急いじゃう。押せば音が出ちゃう楽器だから、くるくるネズミが逃げ回るように弾いてしまう。ところがオーケストラは車で言えばバスですから、ゆっくり時間をかけてアクセルを踏んで、ゆっくり走っていく。あるいは新幹線のように、スピードが出たら急には止まれない。その辺を想像して、互いに歩み寄って合わせていかないとね。

そのために自分には何ができるのかというのを考えることが大切。ですから修行の場でもありますよ、コンチェルトは。

後半はオペラの曲をたくさん選曲されていらっしゃいます。

序曲とか間奏曲を。オペラを全て演奏したら2時間以上かかっちゃいますからね。

そしてプッチーニはオペラの作曲家だけれども、若い頃にオーケストラだけの曲をつくっていまして、それが『交響的奇想曲』。確か、ミラノ音楽院作曲科の学生だったプッチーニが、卒業試験(1883年)で一等賞をとった作品です。曲の中にオペラ『ラ・ボエーム』(1896年)の一節も出てきたりする、18分ぐらいの非常に素敵な作品。

オペラの作曲家がこんな若いときにこんな素晴らしい管弦楽曲を書いていたということを知っていただきたくて。

昼間からうっとり、まさに「とっておきアフタヌーン」な感じですね?

まあ素敵な曲ですよ。緩・急・緩という流れで、真ん中でボエームのテーマが出てきまして、踊りの曲なんですけれど。そしてまた静かに終わっていく。なかなか荒々しいところもあり、踊りの部分もあり、諦観もあり、すべて含まれていて聴きごたえのある作品です。

音楽からストーリーが浮かびそうですね。

そう思います。

2019年10月8日 とっておき アフタヌーン Vol. 11 沼尻竜典(指揮)/鳥羽咲音(チェロ)
2019年10月8日 とっておき アフタヌーン Vol. 11
沼尻竜典(指揮)/鳥羽咲音(チェロ)

2019-20シーズン「マエストロと新星が紡ぐストーリー」では、20歳のヴァイオリニスト服部百音さん、14歳のチェリスト鳥羽咲音さん、そして21歳の藤田真央さんと、非常に若いソリストの皆さんにご登場いただいています。マエストロが14歳の頃というのは、どのような体験をされていましたか?

最悪ですよ(笑)。中学生の頃は成績も最低だったし、桜田淳子ちゃんの追っかけをしていたりして、高校は無理だとか担任の先生に言われていた時代ですから。

20歳は、やっと音楽学生になれた年。指揮者を志して一生懸命勉強していましたが間に合わなくてね、2年浪人しまして、東京音楽大学に20歳で入れました。真央くんから比べたら30年ぐらい遅れているような人生ですよ。

2019年10月8日 とっておき アフタヌーン Vol. 11 沼尻竜典(指揮)/鳥羽咲音(チェロ)
2019年10月8日 とっておき アフタヌーン Vol. 11
沼尻竜典(指揮)/鳥羽咲音(チェロ)

クラシック音楽への目覚めというのは、いつ頃でしたか?

わりと小さい頃から、両親がクラシックを聴くのが好きだったので、父に連れられて演奏会に行ったりもしていました。ですから音楽を聴く環境、好きになる環境というのはありましたね。

でも親もプロフェッショナルにさせるつもりもなかったと思いますし、僕もなかなか言い出せなくて。結局、人生すべて後手後手にまわりましたね(笑)中学の時に、アイドルの追っかけで学校サボって道を踏み外していたかもしれない僕を救ってくれたのは、音楽の先生だったんです。僕の音楽への道を作ってくれました。

初めから指揮者を目指されていたんですか?

そうですね。動機は不純で。指揮者というのはだいたいプログラムの最初に名前が出ているし、なんか楽そうで、一番役得かなあと思ったんです。やってみたら、えらい大変な仕事でした。

日本フィルハーモニー交響楽団 ©堀田力丸
日本フィルハーモニー交響楽団
©堀田力丸

今や国内外の名だたるオーケストラと共演されているマエストロですが、日本フィルは、マエストロにとってどのような存在ですか?

僕を育ててくれたオーケストラです。海外に出て武者修行をしているときに、日本で最初にチャンスを与えてくれて、日本での活動の場を作ってくれた。それが日本フィルと、名古屋フィルだったんです。

あの時代、日本のオーケストラが若い日本人の指揮者を応援しているとは声高に言えないような雰囲気だったのですが、それを堂々と前面に押し出してくれまして。大衆にオーケストラを広めようという運動の先駆けですよね。

今でこそ、どこのオーケストラも大衆を大事にする気風が芽生えましたけれど、当時は先駆け。日本フィルブームという社会現象にもなり、公演はどこも満席、そこに私のような人間を抜擢していただいて、感謝にたえません。

日本フィルハーモニー交響楽団 ©堀田力丸
日本フィルハーモニー交響楽団
©堀田力丸

初めて日本フィルを指揮されたのは、指揮者コンクールで優勝されたのがきっかけですか?

在学中にコンクールで入選し、外山雄三先生の名古屋フィルで1年間武者修行させていただきまして。そのあと国際コンクールで優勝するまではちょっと時間があったのですが(1984年キリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクール)、その頃から日本フィルは注目してくれていたみたいです。国際コンクールに優勝して世の中に出るようになってから呼んでいただいたので、タイミング的にもちょうどよかったですね。育てていただきましたよね。

まだその頃の楽団員の方もいらっしゃいますか?

いらっしゃいますよ。でも、僕を育ててくれた方々はほとんど皆さん退団されたかな。その下の世代、ぼくがまだやんちゃやっていた頃を見ていてくれた人たちが、今、大御所になっていますよね。

1991年から10年間、正指揮者をされていましたし、非常に深い関係でいらっしゃる。

深いというか、感謝以外の何物でもないよね。今は正指揮者というタイトルはありませんが、毎年のように呼んでいただいて。ありがたいことです。

先ほども、大衆にオーケストラを広めるというお話がありましたが、マエストロはさまざまな形で、クラシック音楽に広く身近に親しんでもらえるような活動を続けていらっしゃいます。

この「とっておきアフタヌーン」も、すばらしい企画だと思います。平日昼間だからシルバー世代が対象かと思ったら、子育て世代の女性が来やすいようにというイメージなんですって?

2019年5月8日 とっておき アフタヌーン Vol. 10 藤岡幸夫(指揮)/服部百音(ヴァイオリン)/政井マヤ(ナビゲーター)

2019年5月8日 とっておき アフタヌーン Vol. 10
藤岡幸夫(指揮)/服部百音(ヴァイオリン)/政井マヤ(ナビゲーター)

そうなんです。平日の昼間のコンサート、なかなかコンサートが開催されない時間帯ですが、たとえば家事や子育てで夜は出かけられないという方が、お子さんが学校に行っている間に、あるいは託児サービスもありますので、ほんの数時間日常を離れて音楽に浸っていただきたいと。コンサートに連動して、周辺のレストランやカフェでお得な優待サービスもありますので、コンサート前後にランチやお茶を優雅に楽しみ、「とっておき」な午後を過ごしていただこうという企画なのです。

そういうことなら、いつ何どきでも呼んでください! すごく大事なシリーズだと思います。もちろんお年寄りの方にも良いと思いますし、ウィークデーの昼間にコンサートに人が集まるというブームをつくることは大事なことなのではないでしょうか。

2019年5月8日 とっておき アフタヌーン Vol. 10 藤岡幸夫(指揮)/服部百音(ヴァイオリン)/政井マヤ(ナビゲーター)

2019年5月8日 とっておき アフタヌーン Vol. 10
藤岡幸夫(指揮)/服部百音(ヴァイオリン)/政井マヤ(ナビゲーター)

このシリーズは、演奏者の方々のトークも聴衆の皆さんの楽しみのひとつなので、広上マエストロの楽しいトークを期待しています!演奏される側としては、夜のコンサートと昼のコンサートでは、何か違いますか?

いや、あんまりないですね……いつも昼間リハーサルしていますしね。僕らはいつ何どきでも一生懸命演奏するのが仕事。夢をつくる商売なので、時間帯云々なんて言っていられません。夜中だって、オファーがあればやりますよ。夜行性の方々のための深夜の音楽会とか。バッハ聴いて寝る、なんていいかもね。今、暮らし方は様々ですから、なんでもありでいいと思いますよ!

最後に、“とっておき”アフタヌーンにちなんで、マエストロにとっての“とっておき”を教えていただけますか? 日々の暮らしの中でお気に入りの時間や、お気に入りのものがあれば。

NHKの人気番組で『鶴瓶の家族に乾杯』ってあるでしょ。僕、鶴瓶さん大好きで、お会いしたことはありませんが、将来は、ああいう企画のクラシック音楽版、キャラクターおじさんをできたらいいなと。僕の晩年、すべてのポストも何もかも振り払って、協力者とそんな番組を作りたい。

僕、鉄道が好きなんです。お酒や食べ物も好きでしょ。そして温泉も大好きなんです。温泉は日本の特筆すべき良さですよ。日本全国北海道から沖縄まで、鉄道に絡めて、老若男女、お年寄りの女性から若い女性から熟女から……(女性ばっかり!)と一緒に、クラシック音楽を楽しみながら、温泉旅をするというような番組を企画したいなというのが、とっておきの「夢」です。

とにかくこれからは、少しでも多くの人々に「クラシック音楽もいいね」と思ってもらえるような企画を提供していく実験をしていくことですよ。失敗しても挑戦し続けて、一般の方々が持っていらっしゃる、クラシック音楽は何か堅苦しいというイメージを少しずつ払拭していけるようにね。

まずは3月18日の「とっておきアフタヌーン」を楽しみにしています!

まずは3月18日の「とっておきアフタヌーン」を楽しみにしています!