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【特別寄稿】
内田光子とサントリーホールの30年とこれから

――ひとりの音楽家と、ひとつのコンサートホールの成熟

青澤隆明(音楽評論)

サントリーホール
オープニング時のピアノ試弾で

オープニング・シリーズ
モーツァルト・ピアノ協奏曲全曲演奏会

ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と(2006年)

サントリーホール フェスティバル2015
ピアノ・リサイタル

内田光子のサントリーホールでの最初の演奏会は1986年11月4日。オープニング・シリーズに、イギリス室内管弦楽団との2年にわたるモーツァルトのピアノ協奏曲全曲演奏を展開したその始まりがこの日だった。

それから、ぴったり30年がめぐって、このたびもやはり愛してやまないモーツァルトの4つのピアノ協奏曲を、マーラー・チェンバー・オーケストラを弾き振りして採り上げる。

たまたまの一致だが、美しい符合ではある。内田光子の今年で30年にわたるサントリーホールでの演奏は、「協奏曲の夕べ」第2夜の冒頭に響くモーツァルトのト長調協奏曲K453で始まった。30周年を祝うサントリーホールの聴衆にとっては、内田光子のモーツァルトをまたも再訪する温故知新にして、一期一会のときとなる。

今回は、近年信頼を深めるマーラー・チェンバー・オーケストラとの共演だが、「自由で、国際的なアンサンブル」を身上に、マーラー・チェンバー・オーケストラがクラウディオ・アバドとともに結成されたのは1997年のこと。いま活動20年目になるが、熟練の室内楽対話を多才な音楽家たちと深めてきて、今年、内田光子をアーティスティック・パートナーとして迎えたばかりである。

内田光子とモーツァルトは、厳しくも親密な追いかけっこを続けてきたようなものだ。彼女自身モーツァルトを「つかまえられない存在」と語っていたとおりに。サントリーホールではまず1986年11月に内田自身の弾き振りで前半の5回、翌87年2月から3月にかけてはジェフリー・テイトの指揮でイギリス室内管弦楽団と後半の5回を探求していった。

昨2015年の来日の折に話を聞いたときにも「いちばん大変だったのは、やっぱりモーツァルトのピアノコンチェルトだと思う」、「あれだけ量があるものを、短い期間に二つに分けて、いっぺんにバーッとやるっていうのは本当に大変」と振り返っていたが、果敢な挑戦を続けるピアニストにとって、それは大きな試練と充実した成果をもたらすものになった。

サントリーホールにとっても、内田光子のピアノ演奏とコンチェルトを基準に音響を定めていったというほど重要な演奏会であった。「私はそのときは実験台にされているような気がしていましたけど。でも、どちらかというと面白かった、音づくりをしていくというのは。実際、どんどん変わるんですよ」。「そして音が、ただ良いというか、柔らかいというだけで終わらない。わりに、いろいろな音色が出るホールになってきました。だんだん。30年経つと、やはり木が熟れてきてとか、いろんな理由があるんだと思うのですけれども。あと私がもってくる楽器が良くなってきているところもあるかもしれませんけれど、そのいろいろな色が、色合いが出せるホールになってきていると思います」と、いま内田光子は言う。

歳月をかけて熟成するのは、稀代の音楽家の表現や内面だけでも、ホールの音響だけでもなく、聴衆の私たちひとりひとりも願わくはそうありたいものだ。そして、それは良き変化を望み続ける、際限のない取り組みでもある。ひとりの音楽家が、ときにはピアノとともに、ときには多様な音楽の同志とともに、コンサートのステージに立つとは、ひとつひとつがそういうかけがえない歩みなのである。

さて、モーツァルトにかえれば、内田光子は5周年の1991年にもオール・モーツァルトで3回のリサイタルを生誕200周年の天才に捧げたほか、2004年にはサー・コリン・デイヴィスが指揮するロンドン交響楽団と変ホ長調 K482とニ長調 K537、06年にはオール・モーツァルトのリサイタルとともにマリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とハ長調協奏曲 K503を演奏、 10年にはクリーヴランド管弦楽団を弾き振りしてイ長調 K488とハ短調 K491、ニ短調 K466と変ロ長調 K595の協奏曲を聴かせてきた。そして、今年はマーラー・チェンバー・オーケストラと、さらなる室内楽対話を探求していくことになる。同じ作曲家や作品を、長い歳月のなかで聴くうちに、新たな発見だけでなく、演奏家のときどきの心性が感じとれるというのも、いわば勝手知ったホームならではの醍醐味である。

内田光子の近年の演奏が、厳密な構築の希求を細心に突き詰めてきたところから、さらに自在な境へと進むのを、時を追いながらともに体験していく。その聴取の積み重ねは、終始求め続けて生きることの凄みを感じることに繋がる――そう言ってよいのではないだろうか。

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