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東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」
2018年シーズン 音楽と感情

「こども定期演奏会」は、日本で初めての子どものためのオーケストラ定期演奏会。2018年のテーマは「音楽と感情」。 東京交響楽団音楽監督のジョナサン・ノット氏をはじめ、毎回異なる指揮者とソリストが登場します。

※公演日をクリックしたページに公演詳細情報を掲載。年間会員券、1回券ともご購入いただけます。

PDFファイル(2.8MB)

  • 【動画】4月指揮者:ジョナサン・ノット

  • 【動画】12月指揮者:飯森範親
    ※2018年シーズンについてお話いただきました。

  • 【動画】7月指揮者:沼尻竜典

  • 【動画】9月指揮者:原田慶太楼

7月7日(土)  第66回 怒って (`´)
指揮者・沼尻竜典インタビュー

「怒って歌うアリア、作曲家が怒って書いた曲…さまざまな“怒り”を楽しんでほしい」

山田治生(音楽評論家)

びわ湖ホールの芸術監督を務め、昨年まではドイツ・リューベック歌劇場の音楽総監督も兼ねるなど、国際的に活躍する指揮者の沼尻竜典さんが、「こども定期演奏会」に初登場する。沼尻さんは、指揮だけでなく、作曲やピアノ演奏も手掛ける、多才な音楽家。今回の「こども定期」では、自らの作品やピアノ演奏でそのマルチな才能を披露する。

シーズンを通してのテーマが「音楽と感情」で、7月のタイトルが「怒って」となっています。

「喜怒哀楽」というテーマは面白いのですが、「怒って」は選曲が非常に難しかったですね。
オペラから何か怒っているアリアをと考えたとき、モーツァルトの『フィガロの結婚』と自分が作曲した『竹取物語』(注:2014年初演)が思いつきました。
『竹取物語』では、かぐや姫が5人の求婚者に無理難題を吹っかけて、大伴大納言には龍の首の珠(たま)を持ってくるように命じます。海は大荒れで、彼の船は難破しかける。どうして嫁を得るためにこんな思いをしないといけないのかと彼は怒って、婿候補から降りてしまいます。そして女嫌いになる。昭和歌謡や中学高校生の合唱のスタイルを意識して書きました。

  • 晴雅彦

『フィガロの結婚』からはアルマヴィーヴァ伯爵のアリア「訴訟に勝っただと?!」ですね。

伯爵は今問題のパワハラ、セクハラを地で行くような行為をします。でもスザンナは完全にはねつけるのではなくて、うまく言い逃れます。そしてスザンナが婚約者のフィガロに「(伯爵との)訴訟に勝ったわよ」と言ったのが伯爵に聞こえてしまい、使用人に馬鹿にされたと思った伯爵は怒ってこのアリアを歌います。バリトンの晴雅彦さんが登場します。

ベートーヴェンの作品を2曲、演奏されますが、ベートーヴェンは確かに怒っているイメージがありますね(笑)

交響曲第3番『英雄』の第2楽章では、尊敬していたナポレオンが皇帝となったとき、彼も俗物であったと、ベートーヴェンは怒ります。この葬送行進曲には、ベートーヴェンの静かな怒りが反映されています。

「無くした小銭への怒り」ではマエストロがピアノも弾かれます。

この曲は以前から面白い題名だと思っていました。短い曲です。ベートーヴェンの後期の作品(この曲は作品129)には、深刻な作品ばかりではなく、こういうユーモラスな曲もあります(笑)

そして、ベルリオーズの『幻想交響曲』の第5楽章ですね。

『幻想交響曲』第5楽章では、7音からなる『怒りの日』のフレーズが現れます。鐘が入ったり、特殊奏法(弓の木の部分で弦を叩いて)で骸骨を描写したり、ベートーヴェンとそんなに違わない時代なのに、斬新ですよね。オーケストラ・ピースとして、スペクタクルな楽しさがあります。
静かな怒りからあからさまな怒り、偉い人の怒り、いろいろな怒りの種類があって、結果的に演奏会全体を通して面白いプログラムになったと思います。

  • 1994年「こどもの日コンサート」
     指揮・ピアノ:沼尻竜典

沼尻さんは今回、「こども定期演奏会」に初登場ですが、このシリーズにどのような印象をお持ちですか?

こども定期演奏会は、1年間に継続して4回聴けるのが良いですね。オーケストラの多彩さが味わえるでしょう。また、お父さんお母さんも楽しめるに違いありません。
私はかつて、サントリーホールで「こどもの日コンサート」を指揮していました。その頃はほかにも、クリスマス・コンサートや夏休みコンサートなど、サントリーホールには年間10回くらい出ていましたので、とても馴染みのあるホールです。

沼尻さんご自身の音楽との出会いについて聞かせていただけますか?

子どもの頃、アマチュアの三鷹市管弦楽団(3,4歳の時、生まれて初めて聴いたオーケストラが三鷹市管弦楽団でした)の親子のための音楽会によく行っていました。普段学校で習う曲(たとえば『手のひらを太陽に』とか)をオーケストラで聴かせてくれるのがすごく楽しかったですね。
両親が会社のコーラスで知り合い、家にコーラスから払い下げられたピアノがありました。僕がいつもピアノを弾きたがったので、親がピアノの先生を家に連れてきました。2歳半か3歳の頃でしょうか。そして桐朋学園の音楽教室に行き、ピアノを習い、聴音やソルフェージュもやりました。
子どもの頃から耳コピーが得意で、コマーシャルの音楽をピアノで弾いたりしていました。当時は、男でピアノを弾いている子はほとんどいなかったのですが、学校行事で校歌の伴奏とかもしましたね。
普通のピアノ曲をさらうのは好きではありませんでした。小学生の頃は、コマーシャルとかポップスのアレンジとか実用音楽をやりたいと思っていた時期がありました。中学校のとき、選挙の応援ソングを候補者の名前と政策を売り込むために作ったら、5人のうち、4人当選したのです(笑)。実用音楽のジャンルでは、当時は、山下毅雄さん、越部信義さんなどの大家がいました。
父(本業は証券会社に勤めていました)が裏方として手伝っていた平多正於舞踊研究所の音楽を山下毅雄さんが書いていたので、僕も舞台に興味を持ちました。中学生のとき、僕もダンスのクラブのために曲を書いたりしましたね。

高校から桐朋学園に進まれましたね。

高校はピアノ科で入りました。大学は作曲科でした。その頃から指揮も始めました。また、ありとあらゆる室内楽のピアノを弾きました。指揮伴といって、指揮のレッスンの伴奏ピアノもしました。小澤征爾さん、尾高忠明さん、秋山和慶さんのレッスンで弾きました。
大学出たときは、まだ食べていく準備ができてなくて、真っ青でした。仕事はいろいろしていましたが、先の展望はありませんでした。新日本フィルで、小澤さんのそばでアシスタントをしたりもしました。アシスタントというより便利屋ですね(笑)。でもマエストロの二言三言が勉強になりましたし、人間関係も学びました。秋山和慶さんや山本直純さんの指揮する『ウエスト・サイド・ストーリー』でピアノを弾きました。直純さんは才能が有り余っていましたね。今から思えば、そういう経験は役に立っていますね。
父も「30歳くらいまでは脛をかじらせてやる」と言ってくれていました。

そして1990年、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝されました。

25歳でコンクールに入賞して、仕事がぱーっと入りましたが、まだ準備ができていませんでした。できる曲が少なくて、演奏会を断ったりもしました。当時は、新日本フィルの音楽教室で『運命』の第1楽章を振ったことくらいしかなく、交響曲の全曲を振ったことがありませんでしたから。
その頃にはすでに作曲家になる考えはありませんでしたが、作曲を学んだことは、指揮でも役に立っています。そのときの基礎が指揮の支えとなっています。和声がわかるとオーケストラが聴こえますから。

東京交響楽団との出会いや、特に印象に残っているコンサートを教えていただけますか?

僕が小学生の頃、初めて聴いたオーケストラの定期演奏会が、秋山和慶先生指揮東京交響楽団のマーラーの交響曲第1番『巨人』でした。大学生のときには、秋山和慶先生の指揮する『ウエスト・サイド・ストーリー』でピアノを弾きました。
最近では昨年4月、東響定期演奏会でのホルストの『惑星』とグバイドゥーリナの「アッシジの聖フランチェスコによる『太陽の賛歌』」が印象に残っていますね。『惑星』はやりたいと思っていた曲。共演の東響コーラスは30周年でした。惑星をやるなら太陽もということで『太陽の賛歌』を選びました。『太陽の賛歌』はロストロポーヴィチとの録音の思い出のある曲。チェロ独奏は堤剛さんで、日本初演をすることができました。
東響は、昔から、忙しくても、仕事はきちっとしていて、手を抜かない。その意味で音楽にピュアですね。ピュアで家族的な雰囲気があって、昔の楽隊の良きイメージがあります。

7月7日のこども定期演奏会に向けて、メッセージをいただけますか?

コンサートで「楽しんで」や「笑って」ならよくあると思うのですが、「怒って」がテーマというのは珍しく、選曲にも工夫しました。怒って歌うアリア、作曲家が怒って書いた曲などなど。私も1曲、怒りながらピアノを弾きますので(笑)、楽しみにしていてください。

「こども定期演奏会」 第65回「笑って (^o^)
2018年4月21日

指揮:ジョナサン・ノット(東京交響楽団音楽監督) ファゴット:福井蔵(東京交響楽団首席奏者)

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