サントリーホールフェスティバル2014
オープニング・フェスタ~That's オーケストラ!
華恵(エッセイスト)
オープニング・ファンファーレ (海上自衛隊東京音楽隊)
フィナーレ:乾杯の歌-Suntory Hall Festival Version
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夕方5時、雨上がりの空にトランペットのファンファーレが弾けた。会場に続くレッドカーペット。華やかな装いの女性達。ブルーローズ(小ホール)の特設サロンではタンゴの演奏やダンスが繰り広げられている。まるで外国の映画の中にいるような非日常の空間だ。オープニング・フェスタの案内に「大人の社交場をお楽しみください」と書いてあったことを思い出す。ここは、音楽を聴きに来たというだけの場ではなさそうだ。
開場中、エントランスの様子
ブルーローズ特設サロンにて
ミニ・ダンスSHOW
第1部 ウインド・オーケストラとオルガンの音宇宙
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揺れのない真っ直ぐな音が大ホールに響き渡る。海上自衛隊東京音楽隊が直立不動で演奏する。輝くブラスから流れる音が、清々しい。脳裏の雑音の一切が消え、体中が浄化されていく。
ホルスト:組曲『惑星』から「木星」が、等間隔のリズムでゆったりと流れる。懐かしさと温かさに浸りながら、ふと群青色の宇宙に繋がっていくような解放感を覚える。
第2部 輝けるソリスト達
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個性溢れるソリスト達の音が、生き物のように大ホールに舞う。
ピアノの金子三勇士、ヴァイオリンの南紫音、ソプラノの天羽明惠、フルートのディーター・フルーリー。それぞれの音に、彩りも温度も湿度もある。金子三勇士(ピアノ)
南紫音(ヴァイオリン)
天羽明惠(ソプラノ)
ディーター・フルーリー(フルート)
テノール歌手ジョン・健・ヌッツォがプッチーニ:『トスカ』からカラヴァドッシのアリア「妙なる調和」を歌い始めると、空気が一変した。たっぷりと厚みがありながら、繊細で伸びやかな声。深いのに明るい。悲しみも、喜びも、苦しみも、ある。いろいろな感情が重なり、咽喉の奥が熱くなる。痛みと癒しとが同時にやってくるような、抱きしめられるような感覚。曲が終わると、客席からはため息と拍手が沸いた。来てよかった。人の声でこんなに幸せな気持ちになれるなんて。初めてのことだ。
……と、天井からオルガンの音が降ってきた。パイプオルガンを弾くロベルト・コヴァーチュが浮かび上がった。
メロディーが自由自在に動き回る。不協和音と不思議な音階が続く。現代音楽のオルガン即興だ。「オペラ座の怪人」に出て来るようなミステリアスな音、遠くから聞こえる鳥の鳴き声のような平和な音、宗教的な荘厳な音。オルガンがこんなにも表情豊かな楽器だなんて、知らなかった。 不安定な不協和音が消え、次第に祈りを捧げるような音楽に姿を変えると、透き通るようなメロディーが流れてきた。プッチーニ:『トゥーランドット』からカラフのアリア「だれも寝てはならぬ」のメロディーの触りの部分だ。温かい演出。次に再登場するヌッツォに繋げているのだ。 透明なヴァイオリンの音色に、ヌッツォの声がそっと寄り添う。静謐な空気は次第に熱を帯び、クライマックスで、私は動けなくなっていた。
ジョン・健・ヌッツォ(テノール)
ロベルト・コヴァーチュ(オルガン)
第3部 スクリーンを彩るオーケストラの名曲選
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「ゴジラのテーマ」(伊福部昭:SF交響ファンタジー第1番から)が始まると、客席が舞台に引っぱられるように、スーツ姿の大人達が身を乗り出した。指揮者ジョン・アクセルロッドが腕や肩を大きく弾ませてタクトを振る。気づくと私も小さく指で指揮を真似ている。ケンケンパに似た二拍子と三拍子の不規則な組み合わせは、元々ノリにくいリズムのはずなのに、わくわくする。迫り来るゴジラのイメージにぴったりだ。ゴジラの映画を見たことのない私でも、懐かしい気持ちになる。それでいて新しい。
オーケストラの演奏が3曲続き、会場は更に熱を帯びた。映画の中の音楽に、聴き手の記憶や思いが重なっているかのようだ。マーラー:交響曲第5番から第4楽章 アダージェットは、私の大好きな曲。ヴァイオリンの繊細な音が、徐々に広がっていく。チェロやヴィオラが加わり、音に厚みが増す。初めてこの音楽を聴いた時、私はまだ小学生だった。ぼんやり漂う音楽に催眠にかけられたような気持ちになったことを覚えている。今こうして目を閉じると、あの頃見た映画のイメージは消えて、音楽がダイレクトに体に入ってくる。痺れるような感覚。記憶の奥底に沈みそうになる。ダイナミックな指揮を見ながら、私は恍惚感に浸っていた。
ここにあるのは、おそらく、愛。私は今それをダイレクトに受け取っている。コンサートに来る、というのは、そういうことだったのだ。
「僕の師匠であるバーンスタインは、マーラーの交響曲に対して特別強い思い入れがあって、僕にもたくさんのことを教えてくれました。本番中はきっと先生がついていてくれると思っていました」とアクセルロッドは後から語ってくれた。
「この曲は愛の曲なんです。“Love”は、“Trust”がないと成立しません。オーケストラを信頼して、弦楽器達を静かに導きながら、ハープの音を待つような気持ちで指揮しました」アクセルロッド氏(指揮)にインタビューする華恵さん
締め括りは、ステージと客席が一体となった乾杯の歌 - Suntory Hall festival versionの大合唱。リボンが発射し、頭上を舞う。
2ヶ月間の「サントリーホール フェスティバル2014」は、ここから始まる。
ジョン・アクセルロッド指揮 東京交響楽団
フィナーレ「乾杯の歌」の合唱
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華恵(はなえ)/エッセイスト |
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