サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン
カザルス弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル

ヴィオラ奏者、ジョナサン・ブラウンに聞く

インタビュー:渡辺 和(音楽ライター)

今回の全6公演のプログラムについて

ベートーヴェン全曲の連続演奏とは?

私たちにとって過去最大のチャレンジです。技術的にも至難です。16の弦楽四重奏曲のひとつとして簡単な楽章はありません。短い楽章でも密度が濃く、身体的にも精神的にも極限状態になります。1日で、作品131(第14番)、作品132(第15番)、作品18-6(第6番)を演奏するなら感情が飽和してしまいそうで、サイクルが終わった翌日は抜け殻みたいになりますよ。

各公演のプログラミングは?

メンバー間で大いに議論をしましたし、他の弦楽四重奏団や有識者、音楽学者など多くの方々からアドヴァイスもいただきました。
弦楽四重奏曲全曲をどのように組み合わせても絶対に間違いは起きません。どの3曲を並べても素晴らしいプログラムになるでしょう。今回は作曲年を時系列に並べるのではなく、公演毎にテーマを立てました。
「主題と変奏」のテーマの回では、変奏を主要な要素としている3曲を演奏します。作品18-5(第5番)、作品74「ハープ」(第10番)、作品127(第12番)です。
フーガをテーマにするプログラムは2つで、ひとつは作品95「セリオーソ」(第11番)、「大フーガ」を終楽章に据えた―「大フーガ」で締め括るのが正しい終曲の在り方だと思います―作品130(第13番)。もうひとつのプログラムは、フガートの緩徐楽章を持つ作品18-4(第4番)、それから終楽章がフーガの「ラズモフスキー第3番」(第9番)、それと冒頭楽章がフーガで始まる作品131(第14番)です。

他には、「言葉がもたらすインスピレーション」から作られた楽章を持つ3作品の回があります。終楽章に「メランコニア(憂鬱)」がある作品18-6(第6番)、第4楽章に作曲者が「かくあらねばならないのか Muß es sein?」と書きこんだ作品135(第16番)、それから第3楽章冒頭に「快癒する者の聖なる感謝の歌」を持つ作品132(第15番)です。

他2公演のテーマは?

他のテーマでは、緩徐楽章が夜に拠っているふたつの作品を取り上げます。作品18-1(第1番)の緩徐楽章は『ロミオとジュリエット』の「墓場の場面」に霊感を得ています。また「ラズモフスキー第2番」(第8番)の緩徐楽章は、ベートーヴェンが星と空について瞑想した作品です。このヘ長調とホ長調の間に、唯一の編曲である作品14-1(Hess 34)を挟みました。もとのピアノ・ソナタではホ長調ですが弦楽四重奏版ではヘ長調になっています。
6つ目のプログラムでは、ゲーテの有名な「弦楽四重奏は4人の賢人の対話である」という言葉をもとに、最も対話的な作品を並べています。作品18-2(第2番)、作品18-3(第3番)と、後半に「ラズモフスキー第1番」(第7番)を置きました。

ベートーヴェン・サイクル初の「ヴァイオリン・ローテーション」によるアプローチ

第1と第2ヴァイオリンを交代(ヴァイオリン・ローテーション)する理由とは?

かつては第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンには上下の席次がありました。それは第1ヴァイオリンが音楽的な解釈に独裁者として振る舞えた時代ですね。

ヨアヒムとかパガニーニの時代ですね。

今日では、それぞれの声部が平等であることが弦楽四重奏の解釈では重要になってきています。ヴァイオリンの交代もその反映です。
しかし、誰が第1ヴァイオリンを弾くかよりも、誰が第2ヴァイオリンを弾けるかが肝心なのです。ヴァイオリン教育では、第1ヴァイオリンの方を学ぶのが常ですから。
私たちの場合、第1と第2ヴァイオリンの交代は、演奏する音楽のスタイルの違いをはっきりさせることが主眼であり、私たちの表現の一部なのです。ハイドンとショスタコーヴィチの違いにとどまらず、ベートーヴェンでも、初期の作品18と中期の「ラズモフスキー」や後期作品とも大きく異なります。第2ヴァイオリンによって、より色彩豊かな演奏など異なる解釈が可能になり、作品のもつ様式感の違いを明らかにできるのです。

具体的には?

アベル・トマスは18世紀の音楽に資質があり、ヴェラ・マルティナス・メーナーは、19、20世紀音楽により親近感を感じています。それで、アベルが第1ヴァイオリンに座るのは、1805年くらいまでの作品、バッハ、ハイドン、モーツァルトのすべて、それからシューベルトの初期作品と、ベートーヴェンの作品18までです。ヴェラは、「ラズモフスキー」からシューベルト後期、シューマン、メンデルスゾーン、ブラームスから21世紀作品までになります。例外はほとんどありません。

「カザルス弦楽四重奏団」の多文化性

  • ジョナサン・ブラウン

    ⓒjosepmolina

ブラウンさんとカザルス弦楽四重奏団との出会いとは?

ハーゲン・クァルテットのライナー・シュミットさん(ヴァイオリン)のところで出会いました。私の前任者もアメリカ人で、シュミットさんが間を取り持ってくれました。初代はスペイン人で2年間在籍して、1999年に私の前任者が引き継いて2002年に彼が離れることになったのです。それで、ケルンでアルバン・ベルク四重奏団のもとで学んでいたアベルが、私に電話をかけてきた。コンクールもあるし、演奏会も録音も予定があるのにヴィオラ奏者がいない、と。その晩、ハーゲン・クァルテットがカメラータ・ザルツブルクで演奏していて、そこで会うことになったわけです。

それまでブラウンさんはどのような音楽活動を?

私はジュリアード音楽院に在籍して、ジュリアードやクリーヴランド弦楽四重奏団、東京クヮルテットのもとで多くを学びました。

ラテンの方々とのクァルテットに抵抗はなかったですか。

私が初めてこのクァルテットの席に座ったとき、私たちは若くて自分らが何をやっているのかをちゃんと理解していませんでした。ショスタコーヴィチの第8番の2つの楽章とモーツァルトの「不協和音」、そしてブラームスのハ短調(第1番)第1楽章を弾き、それから珈琲を飲んで、一緒にやろうということになり、また練習室に戻って弾き始めた。もっときっちりとしたスタートだったら、いろいろと考えたかもしれませんが。(笑)

結成直後の5年間は大変だったと思います。私が幸運だったのは、状況が安定しはじめたころ、ハルモニア・ムンディでの最初の録音から加わることができたことです。

その意味では、ブラウンさんは創設メンバーみたいなものですね。

メジャーホールでのデビュー公演のほとんどは、私が参加しています。
ところで、私たちの文化的背景についてのご質問はとても面白いですね。メンバーのうち、アベルとアルノー(チェロ)のトマス兄弟がカタルーニャ人で、ヴェラはマドリッド出身ですが母親はドイツ人です。で、私はアメリカ合衆国出身。興味深いメンバー構成でしょ。最初、私はカタルーニャ語もスペイン語も話せなくて、ドイツ語で話し合いをしていました。今でもクァルテットのときはドイツ語で喋っています。文化が混じり合って興味深いですよね。

「カザルス」の名を冠した弦楽四重奏団

「スペイン」の弦楽四重奏団であることとは?

「スペイン」といえば、フラメンコやギター、せいぜいピアノ、それから偉大な歌手ぐらいしか浮かびませんよね。「スペイン」のアンサンブルや音楽団体に対して偏った見方をされることが多いと思いますが、若い世代は、いい意味でグローバルになっていると思います。
実際、ドイツのアンサンブルから、私たちの演奏のイントネーションがとても良いと驚かれたりしています。個性たっぷりだけれど正確さはいまひとつ、といった南欧のステレオタイプなイメージを拒否し、音程にこだわりアンサンブルにもこだわって音楽を作り上げています。

楽団の名称である「カザルス」についてどのように捉えていますか?

パブロ・カザルス(1876~1973、カタルーニャ生まれのチェロ奏者・指揮者・作曲家)は私たちにとってシンボルですね。作曲もし、バッハの「無伴奏チェロ組曲」の価値を再発見したとても重要な音楽家で、民主主義、人権、そしてカタルーニャのシンボルでもあります。いま必要なのは、カザルスのような統合の象徴となる存在だと思うのです。ですが、現在では彼の音楽的な遺産は、ほとんど辿ることができません。

表面的には、私たちとカザルスの演奏は異なっていると思います。テンポが違いますし、ヴィブラートも違います。ですが、より深いところで私たちはカザルスの音楽と繋がっていると感じています。カザルスは、パワフルな演奏家であり作曲家でもある極めて知的な音楽家でした。その一方で、とても繊細で感性豊か、とても率直な音楽家でもありました。
私たちのどのコンサートも彼とつながっていると思っています。それは観念的なものではなく、心が彼と直につながっていると強く感じるのです。それこそが私たちのキャラクターであり、その意味でカザルスは常に私たちと一緒にいると言えます。

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