フィナーレ 2018

プログラム・ノート

山田治生


 室内楽というジャンルの楽しさの一つに、楽器の組み合わせの自由さ・多彩さがある。本日は、弦楽器だけをとっても、ヴァイオリンとヴィオラ、チェロとハープ、弦楽四重奏、弦楽六重奏、ハープやヴァイオリンやチェロの独奏と弦楽合奏、などのバラエティを聴くことができる。もちろん、弦楽器とピアノとの組み合わせもある。1+1が2にならないところが室内楽の面白さ。楽器の組み合わせによってどんな化学反応が起きるのか、耳と目で確かめたい。名手どうしの共演も聴きものであるが、その楽器の第一人者とサントリーホール室内楽アカデミーのフェローたちとのコラボレーションも楽しみである。
 また今回はチャイコフスキー、ドヴォルジャーク、バルトークなど東欧の作曲家の作品が並ぶ。その民族色豊かな調べを味わいたい。


バルトーク(セーケイ 編曲):ルーマニア民俗舞曲

 ハンガリーを代表する作曲家、ベラ・バルトーク(1881~1945)は早くから民謡採集(採譜・録音)に熱心に取り組み、その研究成果を創作活動に活かした。『ルーマニア民俗舞曲』もそんな彼のフィールドワークのなかから生まれた。バルトークは、第一次世界大戦前、当時ハンガリー領であったルーマニアのトランシルヴァニア地方の民族音楽の採集を行い、その成果としてこの舞曲集を書き上げたのである。まず1915年にピアノ曲として作曲され、後に管弦楽版なども作られた。本日はハンガリーのヴァイオリニスト、ゾルターン・セーケイ(1903~2001)の編曲によるヴァイオリンとピアノの二重奏版で演奏される。全体は、「棒踊り」、「腰帯踊り」、「足踏み踊り」、「ホーンパイプの踊り」、「ルーマニアのポルカ」、「速い踊り」の6つの短い曲からなる。


ブルギニヨン:チェロとハープのための前奏曲と舞曲 作品74

 フランシス・ド・ブルギニヨン(1890~1961)はベルギーの作曲家。初期は印象派的な音楽を書いていたが、後により古典的な作風に転じた。室内楽曲や管弦楽曲など、数多くの作品を残している。この『チェロとハープのための前奏曲と舞曲』は1942年に作曲された。アンダンテの前奏曲では、チェロがピッツィカートとアルコ(弓で弾く)を繰り返したあと、ゆったりと歌い始める。その後、アレグロにテンポを速め、チェロが軽快な舞曲を奏で、ハープが滑らかな旋律を歌う。4分の3拍子のリズムをはさんだ後、最後は長調に転じて締め括られる。


モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K. 458「狩」より 第1楽章

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~91)は、1782年、ハイドンの作品33の6つの弦楽四重奏曲に深い感銘を受けて、およそ10年ぶりに弦楽四重奏曲の作曲に取り掛かった。そして1785年に6つの弦楽四重奏曲を出版し、それら6曲をハイドンに献呈した。いわゆる「ハイドン・セット」である。この変ロ長調の弦楽四重奏曲は、「ハイドン・セット」の4曲目にあたり、「狩」のニックネームで親しまれている。第1楽章第1主題が狩の角笛を思わせるとされてきたからである。第1楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ。冒頭、8分の6拍子の特徴的な“狩の角笛のリズム”で始まる。展開部では滑らかな新しい主題が現れる。


ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第1番 ヘ長調 作品18-1 より 第1楽章

 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)が、習作的な弦楽四重奏曲や弦楽三重奏曲の探究を経て、初めての弦楽四重奏曲を作品18の6曲の形で出版したのは1801年のことであった。6曲の中で最初に完成されたのは弦楽四重奏曲第3番で、次に第1番が書き上げられた。第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ。冒頭、いきなり、第1主題の提示で始まる。展開部では対位法的な展開もみられる。ppからffまで大胆な強弱の変化が特徴となっている。


チャイコフスキー:弦楽六重奏曲 ニ短調 作品70 「フィレンツェの思い出」より第3楽章、第4楽章

 1890年前半、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)はフィレンツェに滞在し、オペラ『スペードの女王』の作曲に取り組んだ。その頃、この弦楽六重奏曲の構想を持ち、ロシアに帰ってから本格的に書き始めた。「フィレンツェの思い出」というタイトルが付けられているが、彼の『イタリア奇想曲』のようにイタリア的な音楽の素材を用いているわけではない。第3楽章はアレグレット・モデラート。まず第1ヴィオラが哀愁を帯びた主題を奏でる。中間部は軽快に弾むような音楽。第4楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。ロシア舞曲風の第1主題と歌謡的な第2主題。フーガ的な展開もある。


ハルヴォルセン:ヘンデルの主題によるパッサカリア ト短調

 ヨハン・ハルヴォルセン(1864~1935)は、ヴァイオリニスト、指揮者としても活躍した、ノルウェーの作曲家。エドヴァルド・グリーグ(1843~1907)の影響を受け、民族主義的な作品も残した。1894年、ハルヴォルセンは、ジョージ・フレデリック・ヘンデル(1685~1759)のハープシコード組曲第7番 ト短調の第6曲「パッサカリア」をもとに、このヴァイオリンとヴィオラの二重奏のための「パッサカリア」を創作した。多彩な変奏のなかにヴァイオリンとヴィオラの様々な技巧が盛り込まれている。


ドヴォルジャーク:ピアノ五重奏曲第2番 イ長調 作品81より 第2楽章、第3楽章

 アントニーン・ドヴォルジャーク(1841~1904)には、1872年に書かれた作品5(第1番)と1887年に書かれた作品81(第2番)の2つのピアノ五重奏曲が残されているが、一般的に「ドヴォルジャークのピアノ五重奏曲」といえば、この作品81(第2番)の方を指す。この曲は、彼の交響曲第7番と第8番との間の時期に書かれた円熟期の作品で、ドヴォルジャーク特有の旋律の美しさとボヘミアの民族的な魅力に満ちている。第2楽章(アンダンテ・コン・モート)は「ドゥムカ」と記されている。「ドゥムカ」とは、もともと、緩やかで哀しげな部分と速く快活な部分からなるウクライナ起源のスラヴ民謡を指した。ピアノの哀しげな旋律に導かれてヴィオラが深々と歌ったあと、長調に転じ、再び冒頭の旋律が現れる。中間部は速いテンポの快活な音楽。第3楽章(スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェ)は「フリアント」。「フリアント」とはテンポの速いボヘミアの舞踊を指す。軽快な主部と「少し穏やかに」と指示のある中間部からなる。主部の主題がゆったりと奏でられる中間部は夢見るように美しい。


ドビュッシー:『神聖な舞曲と世俗的な舞曲』

 今年はクロード・ドビュッシー(1862~1918)の没後100周年にあたる。新しいクロマティック・ハープを開発したプレイエル社が、その楽器のためにドビュッシーに新作を依頼し、1904年に書き上げられたのがこの『神聖な舞曲と世俗的な舞曲』である。独奏ハープと弦楽合奏という編成を採り、全体は、前半のゆったりとした「神聖な舞曲」と後半の動きのある「世俗的な舞曲」の2つの舞曲からなる。


チャイコフスキー(足本憲治 編曲):ワルツ・スケルツォ ハ長調 作品34

 『ワルツ・スケルツォ』は、もともと独奏ヴァイオリンとオーケストラのための作品として1877年に作曲されたが、作曲者自身によってピアノ伴奏版も作られた。本日は弦楽合奏伴奏で演奏される。1878年に書き上げられたヴァイオリン協奏曲の試作的な要素もあった。チャイコフスキーらしい洒落たワルツである。


チャイコフスキー:「アンダンテ・カンタービレ」

 チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」とは、1871年に作曲された彼の弦楽四重奏曲第1番の第2楽章のことを指す。哀愁を帯びた美しい主題はロシア民謡によっている。本日は作曲者自身が独奏チェロとオーケストラのために編曲した版が演奏される。

(やまだ はるお・音楽評論)


閉じる