トリオ・ヴァンダラー 円熟のピアノ三重奏

プログラム・ノート

片桐卓也


 1987年結成のトリオ・ヴァンダラーは、今やフランスを代表するピアノ三重奏団というだけでなく、世界的にも貴重な常設のピアノ三重奏団として活動している。その円熟した演奏の中には、創設時のモットーである「ヴァンダラー(さすらい人)」の精神がいまだに宿っており、様々な作品を巡り歩くように演奏し、そこに新たな感動を発見させてくれる、そんなトリオである。


ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第4番 変ロ長調 作品11「街の歌」

 「街の歌」という面白いサブタイトルの付いたこのピアノ三重奏曲は、ベートーヴェン(1770~1827)のウィーン時代初期の作品のひとつだ。ボヘミア生まれのクラリネット奏者ヨーゼフ・ベーア(1744~1812)の依頼によって書かれたとされ、オリジナルの編成はクラリネット、チェロ、ピアノの三重奏であるが、出版時にはクラリネットの替わりにヴァイオリンでも演奏出来るように編集された出版譜も出された。現在では通常のピアノ三重奏曲として演奏されることも多い。

 第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ、変ロ長調、ソナタ形式。3つの楽器のユニゾンで始まり、第1主題が軽快に歌われた後、第2主題はヴァイオリンに登場する。全体に「コン・ブリオ」的な力強い楽想による楽章だ。

 第2楽章はアダージョ、変ホ長調。チェロの奏でる主題がまず登場し、ヴァイオリン、ピアノが引き継いで行く。暗い影が忍び寄るような瞬間もあるが、全体に明るくのどかな楽章。

 第3楽章は変奏曲。テーマは作曲当時流行していたヨーゼフ・ヴァイグル(1766~1846)のオペラ『船乗りの恋、あるいは海賊』の中のアリア「仕事の前に Pria ch’io l’impegno」を用いており、それゆえ「街の歌」(作曲当時にウィーンで親しまれていた歌の意)というサブタイトルが付いた。その主題と9つの変奏曲とコーダから成る。多楽章作品の中で、ベートーヴェンが他人の書いた主題を用いた唯一の例とされている。


アレンスキー:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 作品32

 アントン・アレンスキー(1861~1906)年は19世紀末に活躍したロシアの作曲家。ペテルブルク音楽院で学び、モスクワ音楽院で教えたが、その時の教え子にはラフマニノフなどがいる。この三重奏曲は1889年に亡くなった偉大なチェロ奏者であるカルル・ダヴィドフ(1838~89)の追悼のための作品であり、その点でチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出に」に連なる作品のひとつである。

 第1楽章はアレグロ・モデラート、ニ短調、ソナタ形式。ピアノの3連符に乗ってヴァイオリンとチェロが第1主題を歌いだす。ピアノがそれを発展させた後に、チェロに雄大な第2主題が登場する。展開部は主に第1主題をもとに発展し、再現部となる。最後はアダージョとなって終わる。

 第2楽章はスケルツォ、ニ長調、三部形式。ヴァイオリンの可憐な主題が登場し、ピアノがそれを引き取った後に、スケルツォ主題が登場する。中間部(変ロ長調)はワルツ風の音楽。

 第3楽章はアダージョのエレジー、ト短調。弱音器付きのチェロが追悼の主題を歌い、ヴァイオリンがそれを引き継ぐ。中間部(ト長調)は少し動きが出て、ピアノが美しく歌う。

 第4楽章はアレグロ・ノン・トロッポのフィナーレ、ニ短調、ロンド形式。冒頭に激しいロンド主題が登場。それが変奏された後に、チェロに優しい副次的主題が出る。第3楽章中間部の主題が登場し、第1楽章の第1主題も再現された後、ロンド主題が再び登場して、激しく終わる。


シューベルト:ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 D. 929

 シューベルト(1797~1828)が晩年に書いた傑作のひとつで、作曲時期は1827年とされる。作曲後に初演され、好評を得た。そして翌年に作品100として出版された、一種の記念碑的作品でもある。

 第1楽章はアレグロ、変ホ長調、ソナタ形式。ユニゾンで演奏される力強い第1主題と、ピアノによるささやくような第2主題による楽章。

 第2楽章はアンダンテ・コン・モート、ハ短調、三部形式。まずピアノの伴奏の上にチェロの主題が奏でられ、それが引き継がれてゆく。シューベルトが耳にしたスウェーデンの民謡による主題と言われている。

 第3楽章はスケルツォ、アレグロ・モデラート、変ホ長調、三部形式。軽快な主題はカノンの手法を取り入れたもの。

 第4楽章はアレグロ・モデラート、ロンド・ソナタ形式。晩年のシューベルトらしい、様々な陰翳のある長大なフィナーレで、先行楽章の音楽も回想される。

(かたぎり たくや・音楽ライター)


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