デビュー30周年記念 竹澤恭子の室内楽

プログラム・ノート

奥田佳道


 世界の檜舞台を行き来する竹澤恭子。デビュー30周年を相思相愛のサントリーホールで寿ぐ。腕に覚えのある才媛、俊英が集うインディアナポリス国際ヴァイオリン・コンクールで第1位に輝いたのが、サントリーホール開場の年でもある1986年。2年後、KYOKO TAKEZAWAはカーネギーホールとサントリーホールでデビューリサイタルを開く。フェスティバル・ソロイスツもファンを喜ばせた。2009年暮れ、20周年記念ツアーの楽日もサントリーホールで飾る。ヨハネス・ブラームスのソナタだった。近年はチェンバーミュージック・ガーデンでも主役を演じる。

素晴らしい。竹澤恭子と仲間たちに喝采を。


コレッリ(鈴木鎮一、豊田耕児 編曲):ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 作品5-12「ラ・フォリア」

 古き良き時代の調べに抱かれる。摩訶不思議な郷愁も舞う。

 南欧イベリア半島(スペインまたはポルトガル)発祥の舞曲フォリア(folia)に基づく音楽と言えば、イタリア・バロック期の弦の匠アルカンジェロ・コレッリ(1653~1713)によるソナタ作品5-12で、ヴァイオリニストにとっては幼少期に弾いた懐かしい名曲となる。

 ゆったりとした3拍子の舞曲でサラバンドにも通じるフォリアだが、15世紀末に誕生した頃は、「フォリア=狂気じみた」という意味が示すように、非常にテンポの速い舞曲だったというから歴史は面白い。

 17世紀になるとテンポが緩やかになり、ある決まった形の低音の動き──バッソ・オスティナート(執拗低音または固執低音と訳される)に基づく変奏曲として人気を博す。

 今宵は、独日のステージで活躍した豊田耕児による編纂譜で聴く。スズキ・メソード(才能教育研究会)の創始者鈴木鎮一の教本に収められていた「ラ・フォリア」を、鈴木の愛弟子だった豊田がヴァイオリンとヴィオラの二重奏に仕立て、一昨年暮れに刊行された。

 アダージョの主題に導かれ、緩急の対比も鮮やかな12の変奏が繰り広げられる。劇的な装いを伴って回帰する主題と終結部まで、聴きどころは尽きない。


ラヴェル:ヴァイオリンとチェロのためのソナタ

 2つの楽器が紡ぐ線的な筆致──対位法の向こうに、バロックの匠ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)へのほのかな憧れが見え隠れする。精妙な創りは申すに及ばず、教会旋法、それに東欧ハンガリーの調べに接近したエキゾティックな響きも鍵を握る。

 第一次大戦後の1920年、モーリス・ラヴェル(1875~1937)は音楽雑誌の特集「ドビュッシーへのトンボー(追悼)」に寄せて小品を書く。これが今の第1楽章で、1922年に全4楽章のソナタとなった。「このソナタは私の創作の転換点となるものだ。極めて凝縮された内容……旋律への反発も際立つ」(ラヴェルの言葉から)。

 第1楽章 アレグロ

 第2楽章 トレ・ヴィフ(きわめて活発に、速く)

 第3楽章 ラン(緩やかに)

 第4楽章 ヴィフ、アヴェック・アントラン(生き生きと、活気をもって)


ベートーヴェン:『大フーガ』変ロ長調 作品133

 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)芸術の昇華を聴く。『大フーガ』は、弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 作品130の最終第6楽章として書かれ、1826年春に盟友イグナーツ・シュパンツィク(1776~1830)率いるクァルテットによって初演された。しかしあまりに巨大かつ深遠な音楽だったことから、作品133として「独立」することになった。とは言え、作品130のフィナーレとして演奏されることもある。

 ベートーヴェンは交響曲第9番初演後も弦楽四重奏曲の創作を続け、フーガの技法を究めた。ライフワークだったのである。


メンデルスゾーン:弦楽五重奏曲第2番 変ロ長調 作品87

 流麗な楽の音がホールを満たす。協奏曲に一脈通じるソリスティックな創りも対話の美学も胸をうつ。

 ドイツ・ロマン派きっての才人フェリックス・メンデルスゾーン(1809~47)熟達期のクインテットとは、ほほ緩む選曲だ。

 モーツァルト同様(!)ヴィオラ2挺を擁する。名旋律の宝庫で疾走も瞑想もお任せあれの弦楽五重奏曲第2番は、1845年、静養先のフランクフルトで書かれた。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターで、同年春にニルス・ゲーゼ(1817~90)の指揮で例のヴァイオリン協奏曲を初演したフェルディナント・ダヴィッド(1810~73)も弾いたようである。

 第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ

 第2楽章 アレグレット・スケルツァンド

 第3楽章 アダージョ・エ・レント

 第4楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ

(おくだ よしみち・音楽評論)


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