カザルス弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル
VI 「言葉がもたらすインスピレーション」

プログラム・ノート

柴田克彦


第6番 変ロ長調 作品18-6

 作品18(初期の全6曲)を締めくくる明朗かつ軽妙な作品。最大の特徴は、第4楽章に「ラ・マリンコニア(メランコリー)」と名付けられた長い序奏が置かれ、しかもその楽想が主部にも現れる点。これが曲を引き締める役割を果たしている。また中間2楽章では、第1ヴァイオリンが協奏曲風に活躍。第2楽章の美しい変奏、第3楽章の新鮮なリズムも独特の魅力をなしている。


第16番 ヘ長調 作品135

 逝去前年の1826年10月に完成されたベートーヴェン最後の大作。しかしながら、拡大・複雑化してきた構成は古典的な4楽章に戻り、解脱の境地ともいうべき清澄な明るさと不思議な“軽み”を湛えている。さらに第4楽章の冒頭には、「ようやくついた決心」という謎めいた標題と共に、「そうしなければならないのか?」「そうしなければならぬ」の言葉を付した動機(音符)が記され、諸説の解釈を生んでいる。第1楽章は簡潔・明朗で、第2楽章は躍動的なスケルツォ。自由な変奏曲の第3楽章は、後期特有の深い叙情と幻想味をもち、第4楽章は前記の動機を用いて爽快かつ陽気に運ばれる。


第15番 イ短調 作品132

 ガリツィン侯爵の依頼による3曲(p. 15の第13番の項を参照)中、第12番に次いで書かれた1825年の作(番号は出版順)。叙情的な親しみやすさと晩年の深みや風格を相もつ名作ゆえに、後期5曲の中でも演奏機会が多い。初めて5楽章構成を採用。またベートーヴェンは、作曲の途中で持病の腸カタルが悪化し、数週間寝込んでいた。そのためか、第3楽章の冒頭に「病癒えし者の神に対する聖なる感謝の歌」、中間部に「新しい力を感じつつ」の言葉が記され、同楽章が全体の中心をなしている。第1楽章は短い序奏に続いて憂いを帯びたロマン的な音楽が展開。第2楽章はスケルツォともメヌエットともつかない流麗な音楽で、中間部のバグパイプ風の響きが印象的だ。第3楽章は敬虔な趣をもつ長大な楽章。荘重なコラールの「感謝の歌」に、明るく開けた「新しい力」が挟まれる。第4楽章は絶妙な繋ぎ。行進曲からレチタティーヴォに移り、そのまま第5楽章へ入る。この情熱的な終曲は当初「第九」交響曲の終楽章に予定されていたという。

(しばた かつひこ・音楽評論)

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