カザルス弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル
V『4人の理想的な人々の対話』

プログラム・ノート

柴田克彦


第3番 ニ長調 作品18-3

 作品18(初期の全6曲)の中で最初に書かれた、ベートーヴェン初の弦楽四重奏曲とみられる作品。全体が明朗な作品18の中でもとりわけ屈託のない明るさをもち、温かみと幸福感を湛えた音楽が展開される。なお、この曲調をウィーンでの楽しい生活の反映とみる向きもある。第1楽章は冒頭の7度の跳躍がユニークだが、楽章全体は流麗で優美。第2楽章は優雅な面持ちの中に内省的な面もみせる。実質的なスケルツォで短調の中間部が挟まれる第3楽章を経て、活気に満ちたハイドン風の第4楽章に至り、意外にも弱音で終結する。


第2番 ト長調 作品18-2

 作品18の6曲中3番目に書かれたと推定されている作品。第1楽章冒頭の挨拶を交わすような旋律から「挨拶四重奏曲」の愛称をもっており、曲全体をそうした親密で明るいトーンが支配している。第1楽章は優美かつ生き生きと運ばれ、第2楽章は気品を湛えた緩やかな主部にアレグロの軽快な楽想が挟まれる。この大胆な変化も本作の大きな特徴。スケルツォの第3楽章のフレーズも気軽な挨拶を感じさせる。第4楽章は、晴れやかで生気に富んだ充実度の高い音楽。やはりハイドン風のウイットを有している。


第7番 ヘ長調 作品59-1「ラズモフスキー第1番」

 1805~06年にウィーン駐在のロシア大使ラズモフスキー伯爵の依頼で書かれた3曲中の第1作(p. 17の第9番の項を参照)。全4楽章がソナタ形式で書かれた雄大な作品で、3曲中もっとも規模が大きく、ベートーヴェンが独自の語法を確立したエポックメーキングな立ち位置と曲調自体から、弦楽四重奏の「エロイカ(英雄)」とも称されている。各楽器の技巧と音色変化の高度化、緻密で複雑な絡み、シンフォニックな響きなど、充実度は抜群。中期ならではの明快な作風と相まって、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中でもとりわけ広く親しまれている。第1楽章は朗々として広大。第2楽章は変則的かつ大規模な構成による実質的なスケルツォで、スタッカートの多用が特徴的。哀切で緊張感が漂う第3楽章と、明朗で溌剌とした第4楽章は切れ目なく続いて対照される。なお第4楽章の第1主題は伯爵の母国のロシア民謡に基づいている。

(しばた かつひこ・音楽評論)

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