カザルス弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル
III『夜の情景~2つの調性をめぐって』

プログラム・ノート

柴田克彦


第1番 ヘ長調 作品18-1

 作品18(初期の全6曲)の中で、第3番に次いで2番目に書かれたとみられる作品。1799年に一旦完成され、友人のアメンダに贈られたが、ベートーヴェンは当時ウィーンで活躍していたフェルスターの作品を聴いて改作した。その分第1番といえども完成度は高く、第1楽章の主題の性格とその動機を元にした緊密な構成は、すでに中期の諸作を思わせる。第2楽章は、アメンダに「ロメオとジュリエットの墓場の場面を考えて書いた」と語ったとされる(真偽不明)、感傷的で美しい音楽。爽やかなスケルツォの第3楽章と明るい第4楽章は一転して開放的で、漲る覇気が心地よさを与える。


弦楽四重奏曲 ヘ長調 Hess 34(作曲者によるピアノ・ソナタ作品14-1の編曲)

 通常のツィクルスではまず演奏されない作品。ピアノ・ソナタ第9番と第10番からなる作品14は、1798~99年に作曲され、ブラウン男爵夫人ヨゼフィーネに献呈された。ベートーヴェンは1801~02年、作品14-1(ピアノ・ソナタ第9番)を珍しく自ら弦楽四重奏用に編曲。1802年に出版された。
 作品14は共に、優雅さや抒情性を重んじた簡潔な内容。本作は、4声部を中心にした室内楽的な性格を有しているため、原曲の特性を維持したまま四重奏への移行がなされている。ただし、原曲は「ホ長調」だが、チェロの最低音の関係で半音高い「ヘ長調」に移調された。第1楽章はのびやかな音楽。第2楽章は、緩徐楽章とスケルツォを兼ねた内容をもっており、短調の陰りが印象深い。第3楽章は簡明なロンド。


第8番 ホ短調 作品59-2「ラズモフスキー第2番」

 1805~06年にウィーン駐在のロシア大使ラズモフスキー伯爵の依頼で書かれた3曲(p. 17の第9番の項を参照)中の第2曲。ベートーヴェンには珍しいホ短調で書かれているものの、悲劇性よりも繊細で内省的な趣がまさった作品となっている。中期以降の弦楽四重奏曲には稀な古典的標準配置の4楽章構成だが、これは標準型の中に工夫を盛り込む意図的な設定と思われる。劇的な第1楽章に、「きわめて深い感情を込めて」と記された叙情味溢れる第2楽章が続き、実質的なスケルツォの第3楽章では、中間部の主題に依頼者ゆかりのロシア民謡を使用。第4楽章も短調ながら行進曲調で明朗に運ばれる。

(しばた かつひこ・音楽評論)

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