プレシャス 1pm Vol. 2

[コラム]
「ムッシュー・クロッシュ・アンティディレッタント」
――ドビュッシーの音楽論と、同時代の詩人たち

関野さとみ


 ある日ドビュッシーを訪ねた一人の男、名はムッシュー・クロッシュ、職業は「アンティディレッタント(反好事家)」。なんとも不可思議なこの人物は、1901年の7月1日と11月15日の2度、フランス象徴派の文芸誌『白色評論』に掲載されたドビュッシーの音楽評論の中に登場する。クロッシュ氏は葉巻をくゆらせながら、辛辣な、しかし好奇心を刺激してやまない言葉づかいで、音楽についての持論を開陳する。ドビュッシーは時折それに抗弁しつつ、密かにこう考える。クロッシュ氏の意見は自分にかなり近い、いや自分の考えを代弁しているようではないか――つまりクロッシュ氏とは、他ならぬドビュッシー自身の鏡像なのである。

 クロッシュ氏はどのようにして生まれたのか。この評論を読んだ詩人ポール・ヴァレリーは、以前自分が書いた『ムッシュー・テストと劇場で』(1896発表)にドビュッシーが影響を受け、それを音楽批評として再現したのだと、自負心をもって友人の詩人ピエール・ルイスに書き送っている。創作美学を異にするヴァレリーの著作からドビュッシーがどれほど影響を受けたのかは不明だが、架空の人物に作者の自我意識を代弁させる設定をはじめ、ドビュッシーの評論にはヴァレリーを参照したと思しき点がたしかに見出される。強靭な頭脳の持ち主を含意するヴァレリーの「ムッシュー・テスト(Teste/tête=頭)」のように、ドビュッシーもまた、この一癖も二癖もある自らの分身を――4分音符(noire=黒)でも2分音符(blanche=白)でもない――「ムッシュー・クロッシュ(Croche=8分音符/【形容詞】曲がった)」と名付けたのかもしれない。

 クロッシュ氏は語る。「音楽家たちは自然の中に書き込まれた音楽を決して聴かない」「ユニークなままでいることです」「自由の中に自らの規範を求めなければならない」(…)。ドビュッシーがその詩を愛し、歌曲を創作した古今の詩人たちもまた、絶えず新しい感覚を求め続け、時代を超えて伝統の古い埃を振り払おうと試みた。それは同時に、ドビュッシーが自らに求めた理想でもあった。ドビュッシーの著した音楽評論の中でもひときわ異彩を放つクロッシュ氏は、ドビュッシーが同時代の音楽へどのようなまなざしを向け、どのような思想を実現しようとしていたのか、その貴重な証言を、今もなお私たちに伝えてくれる。

(せきの さとみ・音楽学)

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