オープニング 堤剛プロデュース2018

プログラム・ノート

寺西基之(酒井健治作品を除く)


 大家から新進までの多くの演奏家が集う室内楽の一大祭典「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」。毎年その開幕を飾るのがホール館長でもある名チェリスト堤剛がプロデュースし自ら出演する演奏会で、今年は萩原麻未と成田達輝という気鋭の若手2人との共演が実現した。大ベテランの懐の深い音楽性と若き2人の鮮烈な瑞々しい個性がどのような化学反応を起こすか、興味が尽きない。堤自身の委嘱による酒井健治のチェロ曲初演も含め、エキサイティングなオープニングになること間違いないだろう。

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第4番 ハ長調 作品102-1

 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)は後期に向かうにつれて伝統様式からますます離れ、内面志向を強めた作風を示すようになる。1815年に書かれた2つのチェロ・ソナタ作品102(第4、5番)はそうした特徴が現れた作品だ。とりわけこの第4番は従来の多楽章のソナタの要素をひとつの流れの中で連続させている点が特徴的で、内容も叙情的なカンタービレのうちに内省的な幻想性を湛えたものとなっている。曲はまず序奏の役割を持つ瞑想的なアンダンテの後、ソナタ形式による力強いアレグロ・ヴィヴァーチェが発展、その後幻想味を湛えた省察的なアダージョと曲頭のアンダンテの回想を挟んで、フィナーレに当たるロンド・ソナタ風の軽妙なアレグロ・ヴィヴァーチェが全曲を締め括る。

マルティヌー:ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲第1番 H. 157

 チェコの作曲家ボフスラフ・マルティヌー(1890~1959)は1923年にパリに留学して新古典主義に傾倒、以後新古典的な様式を基調としつつ様々な書法を取り入れて独自の道を追求した。この二重奏曲はパリ時代の1927年に書かれた初期の作。2つの楽章からなり、最初の前奏曲(アンダンテ・モデラート)はチェロの旋法的な主題に始まり、2つの楽器の不協和な絡みが生み出す張り詰めた気分のうちに発展するが、やがて調和を見出して終る。一転して続くロンド(アレグロ・コン・ブリオ)は2つの楽器の生気に満ちたやり取りで運ばれるフィナーレで、途中長大なチェロの技巧的なカデンツァとなり、続いてヴァイオリンがチェロのトレモロ上でこれを引き継ぐ。

酒井健治:レミニサンス/ポリモノフォニー

 堤剛委嘱 世界初演

 『レミニサンス(回想)/ポリモノフォニー』は2014年に書かれたチェロ独奏のための『モノポリフォニー/デフィギュラシオン』を引き継ぐ作品である。バッハの無伴奏チェロ組曲第5番のサラバンドの旋律がこれら2つの作品に共通するモチーフであり、あたかも双子の作品の様相を成す。前作の『モノポリフォニー/デフィギュラシオン』において極大的に展開したモチーフが『レミニサンス/ポリモノフォニー』において収束していくが、対旋律、喜遊部にストレッタと対位法音楽の語法を導入した前作とは違い、今回は主題と19個の変奏(古典的な変奏曲の形式とは違い、主題は最後に現れるが)を核に喜遊部が挿入されるという形式になっている。
 モチーフとなったサラバンドは単純なメロディーで構成されている様に見えるが、特徴的な音程関係を維持しつつ多声部を喚起する単旋律となっており、そのメロディーの分析作業がまさに「モノポリフォニー」(単複旋律)と「ポリモノフォニー」(複単旋律)のコンセプトの違いを追求、まるで表裏一体の様な作品群となった。単旋律から複旋律の可能性を引き出す第1部、複旋律が単旋律に収束する第2部と、接頭辞の語順を逆にしただけで、全く異なる音楽が誕生したのである。
 この作品は初演者である堤剛氏に献呈された。

酒井健治

ドヴォルジャーク:ピアノ三重奏曲第4番 ホ短調 作品90「ドゥムキー」

 アントニーン・ドヴォルジャーク(1841~1904)は伝統様式のうちに母国チェコの民族性を打ち出すスタイルを追求した作曲家だったが、円熟期の1890年前後には伝統様式を離れて、自由な構成法と書法のうちに強烈に国民性やスラヴ精神を打ち出す作風を試みた。1890~91年作のこのピアノ三重奏曲は当時の彼のそうした方向が端的に示された作品で、緩やかな哀歌と活気ある部分が交替するドゥムカ(スラヴ民謡の一種、ドゥムキーは複数形)の形式を主たる構成原理とし、ソナタ形式は用いられていない。6つの楽章(最初の2つの楽章を1つに纏める数え方もある)からなる組曲風の構成、ホ短調で始まりハ短調で終るという異例な調構成の点でも、伝統様式と違う自由なスタイルが示されている。情熱と哀愁とが入り交じる気分の変転の激しさのうちにスラヴ的な精神を強烈に打ち出した名作である。

(てらにし もとゆき・音楽評論)

閉じる