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【公演レポート】
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2013

2013年7月 
片桐卓也(音楽ライター)


 薔薇の咲き誇る季節に行われる「チェンバーミュージック・ガーデン」。
 今年も様々な色彩を持つ音楽の花々がこの庭に咲いた。その公演の中からいくつかを紹介しよう。

チェンバーミュージック・ガーデン オープニング
堤剛プロデュース2013

6月1日

 ガーデンへの扉を開ける毎年恒例のオープニング・コンサート。今年はフランスを代表するピアニスト、クレール・デゼールを迎え、華やかなフランスの作品を集めて行われた。冒頭には先頃亡くなったチェリスト、ヤーノシュ・シュタルケルを偲んで、コダーイの『アダージョ』がチェロとピアノで演奏された。
 プログラムは、プーランク、ドビュッシー、フォーレ(第1番)のチェロ・ソナタに加え、ラヴェルの傑作『ピアノ三重奏曲』が演奏された。堤剛サントリーホール館長の雄渾なチェロの響き、クレール・デゼールの煌めくような色彩にあふれたピアノによって、フランス音楽の素敵な花が開く。ラヴェルではヴァイオリンの依田真宣が加わり、フレッシュな香りが漂った。

 演奏会後のパーティーで、クレール・デゼールに話を聴いた。
 「フランスでもこうしたフランス音楽だけのプログラムはなかなか演奏されません。だから、このプログラムを提案して下さった堤さんにとても感謝しています」
 このコンサートに先立ち、デゼールは室内楽アカデミーのワークショップを2日間、開催した。ピアノの加わったアンサンブルだけでなく、デュティユーの弦楽四重奏曲などもそのワークショップでは取り上げられた。そして彼女の感想は?
 「まず、とてもよく準備されていて驚きました。フェロー(アカデミー生)の皆さんが練習を積んでいてくれただけでなく、ファカルティの皆さんが熱心に指導していることが分かります。とても楽しみな企画で、これからもずっと継続して欲しいですね」
 デゼールの言葉には社交辞令ではない「熱」が感じられた。

ヴァイオリン:依田真宣、ピアノ:クレール・デゼール、チェロ:堤剛

クレール・デゼールのワークショップ

ボロメーオ・ストリング・クァルテット ベートーヴェン・サイクル I、IV、V
6月2日、13日、15日

 2013年のベートーヴェン・サイクルは全5回にわたって、アメリカのボロメーオ・ストリング・クァルテット(以下SQと略)が弦楽四重奏曲全曲演奏を行った。まさに「全曲」だったのは、第13番「大フーガ」付きを、1=その初演時のオリジナルの形、2=大フーガを外し、新たなフィナーレを書いた形の2つの版で演奏。さらに独立した「大フーガ」も披露したからである。
 その第1日目、ボロメーオSQは全6曲からなる作品18を一気に演奏した。開演前の舞台上には4台のMacBookが並んで、静かに演奏家の到着を待っていた。作品18をまとめて聴くと、様々なことを経験することになる。この6曲から始まるベートーヴェンの弦楽四重奏の世界。そのスタートとはいえ、ここにはすでに後期へつながる種がたくさん蒔かれているような気がした。個人的には特に第3番と第4番の演奏が興味深かったが、まとめて聴くことでベートーヴェンの世界を改めて身近に感じることが出来た。
 私は2013年はボロメーオSQのベートーヴェンを全部聴くことが出来なかったけれど、例えば、6月9日に行われた「ラズモフスキー第1〜第3番」の演奏と、その後に行われたボロメーオ・クァルテットの第1ヴァイオリン奏者ニコラス・キッチンのPCを駆使したベートーヴェンのスコアについてのレクチャーは非常に面白かったという声を、何人もの知り合いから耳にした。

ボロメーオ・ストリング・クァルテット 6月 2日の演奏会

6月9日 アフターコンサート・トーク

 6月14日の第4日目は、まず冒頭に「大フーガ」、そして弦楽四重奏曲第16番、後半には第13番の新しいフィナーレを加えた版というプログラム。ご存知のように第13番は最終楽章に「大フーガ」を付けた形で初演された。しかし、その壮大な意図が当時の聴衆には理解されず、ベートーヴェンは「大フーガ」を独立させ、第13番には新しいフィナーレを書いた訳だ。切り離されたひとつの作品を一夜で聴くのは、興味深いものがある。「大フーガ」の壮大な世界で始まり、意外なくらい明るい第16番をへて、再び第13番へ戻るというプログラミングによって、それぞれの作品の新たな個性が発見出来たような気がした。

 6月15日、第5日目はベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の中でも、重量級の3曲を集めたプログラム。第15番、第14番、第13番「大フーガ」付き、という順番で演奏された。1曲終わると休憩を挟み、最終的には約3時間ほどの演奏会となった。
 まず驚いたのは、ボロメーオ・クァルテットの面々の尽きせぬエネルギー。最後の瞬間(つまり「大フーガ」だが)まで、音符のひとつひとつに力がみなぎっていて、晩年のベートーヴェンの意欲を改めて感じさせてもらえる演奏だった。あの「ミサ・ソレムニス」「第9交響曲」という大作を書いた後で、ベートーヴェンはさらにこんなに深い世界を開こうとしていた。それを演奏で実感させてくれたボロメーオSQに感謝したい。

カルミナ・クァルテット 室内楽公開マスタークラス
6月12日

 チェンバーミュージック・ガーデン期間中に行われる「公開マスタークラス」も名物企画のひとつで、常にエキサイティングである。しかも今年はヨーロッパを代表する弦楽四重奏団となったカルミナ・クァルテットが登場。ヨーロッパの厳しい聴衆に磨かれた彼らの感性から、現在のフェローたちの演奏がどう見えるのか、とても興味深かった。
 室内楽アカデミーのフェローによって編成された2つのクァルテットが演奏したのは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番と、メンデルスゾーンの第3番(ニ長調)。彼らの演奏に対して、カルミナのメンバーは真摯に耳を傾けて、様々なアドヴァイスを行った。例えば「楽譜とは、そこにある音符を投げ込めば完成する料理のレシピのようなものではなく、バイブルなのだと思う。ひとつの言葉(音符)の裏には、その言葉を支える世界があり、意味がある。それを考えなければ」とか、「音楽を演奏する上で、単に音楽を知るだけでなく、それが生まれて来た文化的な環境にも関心を持つべき。そのためには、文学、絵画、演劇などからもインスピレーションを得ることが出来るはず」とか。そして「あなた方の演奏は、アンサンブルのおいてはAプラスだけれど、個性という点においてはBマイナスね」という厳しいお言葉も。これこそが、まさにマスタークラスの面白さ。そして、実践的に役立つ言葉なのだ。

カルミナ・クァルテット 室内楽公開マスタークラス

サントリーホール室内楽アカデミー ゲストコンサート#1
6月12日

 その公開マスタークラスの後、夜にはカルミナ・クァルテットを主体にした演奏会が行われた。
 前半はまずベートーヴェンのピアノ三重奏曲「街の歌」を、小形響(ヴァイオリン)、中実穂(チェロ)、石塚彩子(ピアノ)のフェロー3人が演奏した。この作品も、クレール・デゼールのワークショップで指導を受けた。チェンバーミュージック・ガーデンでは、フェローたちの演奏前に、そうした様々な研鑽の機会が与えられているのである。自分たちで練り上げて来た音楽を、ワークショップでさらに磨き、本番に備えているのである。その本番での演奏は、まだ少しぎこちなさが感じられたものの、フレッシュな印象を与えてくれた。
 次いで、カルミナ・クァルテットの3人にフェローの3人が加わったブラームスの「弦楽六重奏曲 第1番」が演奏された。マティアス・エンデルレ、東山加奈子(ヴァイオリン)、ウェンディ・チャンプニー、高橋梓(ヴィオラ)、シュテファン・ゲルナー、鎌田茉莉子(チェロ)の6人である。これも事前リハーサルを何度も繰り返して、本番に備えた。その演奏は、カルミナ・クァルテットのメンバー3人がリードしつつも、全員が時に火花散るような熱い思いを音楽に込めたものだった。終わった後のフェロー3人の満足そうな顔が印象的だった。
 後半にはカルミナ・クァルテットと若林顕(ピアノ)によるドヴォルザークの「ピアノ五重奏曲 第2番」。こちらは、まさに大人同士の対話といった感じの、堂々とした演奏。しかも細部の彩りまで実に丁寧に描き出されていて、非常に手応えがあった。
 カルミナ・クァルテットがこのチェンバーミュージック・ガーデンでベートーヴェンの弦楽四重奏全曲を演奏することがあるのだろうか? そんなことを想像しながら、私はこの演奏会を聴いていたのだが、いつか実現することを期待したい。

ヴァイオリン:小形響、ピアノ:石塚彩子、チェロ:中実穂

弦楽四重奏:カルミナ・クァルテット、ピアノ:若林顕

チェンバーミュージック・ガーデン フィナーレ
6月16日

 フィナーレは例年のように盛りだくさんな内容で、室内楽の楽しさを充分に味わった。  まずアルク・トリオによるドヴォルザークの「ピアノ三重奏曲 第3番」から始まった。室内楽アカデミーの第1期から参加している依田真宣(ヴァイオリン)、小野木遼(チェロ)、小澤佳永(ピアノ)の3人が結成したトリオである。若いながらも様々な場所で演奏経験を積んでいる3人による演奏は、とても安定していて、美しい瞬間がいくつもあった。今後はさらにアンサンブルならではの個性を追求していって欲しい。

 次いでサントリーホールのもうひとつのアカデミー「オペラ・アカデミー」の選抜メンバーによる演奏。まず保科瑠衣がトスティ「よそ者」、ザンドナーイ「けがれなき女(ひと)」を歌い、ついで佐藤優子がロッシーニ「約束」、オッフェンバック「ホフマン物語」から「森の小鳥は憧れを歌う」(ピアノはいずれも古藤田みゆき)を披露した。
 その後にクァルテット・エクセルシオとボロメーオSQが一緒にショスタコーヴィチの「弦楽八重奏曲のための2つの小品」を演奏した。短い作品ながら、ショスタコーヴィチらしい皮肉なユーモアなどの感じられる面白い作品だった。昨年のエネスコ「八重奏曲」に続き、またとても珍しい作品を紹介してくれた訳で、こうした企画はずっと継続して欲しいと思った。
 休憩後には、なんとハーゲン弦楽四重奏団のチェリストであるクレメンス・ハーゲンが登場。堤剛と共に、ボッケリーニ、ポッパーの2つのチェロのための作品を演奏した。チェロ2本で、こんなに豊かな響きが広がるのか、と驚くほどの力演だった。
 さらにボロメーオSQに小山実稚恵(ピアノ)が加わり、ブラームスの室内楽の傑作のひとつ「ピアノ五重奏曲」を演奏した。こちらも重厚なブラームスの世界を余すところなく表現した演奏で、全体のフィナーレを飾るにふさわしい演奏だった。

チェロ:堤剛、クレメンス・ハーゲン

弦楽四重奏:ボロメーオ・ストリング・クァルテット、ピアノ:小山実稚恵

 こうしてちょっと振り返ってみただけでも、本当に多彩で美しい花が咲き誇ったことが分かるだろう。個人的には、これはもう「ガーデンではなくフォレストだ」と演奏を聴きながら思っていたのだが、この3年で「室内楽の庭」には様々な種子が蒔かれ、それが次に芽を出すのを待っている、そんなことを今年は強く感じた。それは、研鑽を積んでいる室内楽アカデミーのフェローたちの成長を見たからだろう。特に現在アンサンブルとして参加しているクァルテット・ソレイユとアルク・トリオの演奏には、この3年での数多くのワークショップの経験が生きている。今回のチェンバーミュージック・ガーデンでは、「ENJOY! ウィークエンド Marchê ワンコイン・コンサート」「室内楽アカデミー ゲストコンサート#2」「フィナーレ」の公演でその成果を披露した。今後ももっと先を目指して、頑張ってほしいし、それがより若い世代にも影響を与えるだろう。  そして、個人的なことをもうひとつ書けば、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の世界が次第に自分にとって身近なものになったと感じている。これからも様々な団体によって、ベートーヴェン・サイクルが展開されることに期待している。

クァルテット・ソレイユ(ヴァイオリン:平野悦子、東山加奈子、チェロ:太田陽子、ヴィオラ:高橋梓)

アルク・トリオ(ヴァイオリン:依田真宣、ピアノ:小澤佳永、チェロ:小野木遼)

クァルテット・エクセルシオと室内楽アカデミー・メンバー

ボロメーオ・ストリング・クァルテットと小山実稚恵

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