English

サントリーホール ENJOY! MUSICプログラム

【開催レポート】
サントリーホール オペラ・アカデミー
2015年11月
山田真一(音楽評論家)

世界的テノールとして活躍したジュゼッペ・サッバティーニがエグゼクティブ・ファカルティを務めるサントリーホール オペラ・アカデミーは、2014/15シーズンで四年目を迎えた。サッバティーニの名前は知られていても、アカデミーの活動は知られていなかった当初に較べ、今シーズンはいろいろな点で、名実ともに充実した内容だったと思う。

二十代半ばの若手を対象としたプリマヴェーラ・コース二期生も二年目。一期生のうち引き続きアカデミーに残って指導を受けたアドバンスト・コースの生徒も二年目で、受講生の誰もが勝手を知ることで、サッバティーニの指導も、シーズン終了に向けての歌の準備も、これまでの三年間よりずっと流れ良く進んだように見えた。
レッスンは、例年どおり、通常は日本人コーチング・ファカルティによって行われ、サッバティーニが来日しての指導は、10月、2月、5月と三回行われた。
また、今シーズンの後半からは、コーチング・ファカルティに、新たにバリトンの増原英也が加わったことで、指導の幅も広がった。


言葉、言葉、言葉!

今シーズン、サッバティーニのレッスンの様子を見て特徴的に感じたのは、コミュニケーションがこれまでになくスムーズだったことだ。レッスンの勝手をすべての受講生が知っていることもあったが、イタリア語への習熟度が非常に高く、昨年までのように重要なポイントを伝えるために、コーチング・ファカルティの誰かが通訳をして伝えなければならない、という光景は極端に減り、コーチング・ファカルティ不在でも、レッスンを行うことができた。そのため、昨年までのように、サッバティーニが伝えようとしても、なかなかその内容が受講生に伝わらず、指導者側、受講生側ともにフラストレーションが溜まるということがなくなったのは、大きな前進だっただろう。

それでも、サッバティーニは、まだイタリア語を苦手とする受講生を見つけると、口うるさく指摘した。
「語学の勉強のために言っているのではない。歌を上達するために、イタリア語も勉強しなさいということです。過去、このアカデミーの良い成績を収めた受講生は、自分でイタリア語を理解していた」
もちろん語学は一朝一夕に修得できるものではない。だが、だからこそ普段からの準備が大切になる。その重要性を強調していた。

プリマヴェーラ・コースは、一年目に発声を中心にベルカントの基礎を学んだが、二年目はいよいよ歌の音楽づくりのレッスンに入った。
プリマヴェーラ・コースでは、必ずトスティを取り上げることになっているが、二期生たちは今シーズン、シーズン最後のブルーローズでのコンサートで歌うことも目標に、秋はまずトスティを教材にレッスンに励んだ。
サッバティーニのレッスン風景は、昨年までとはかなり様相が変わり穏やか。サッバティーニも、若い日本人を相手に指導することに慣れたことに加え、受講生の数が一期生の半分以下という少人数もあっただろう。しかし、何より二年目の二期生が、イタリア語で直にコミュニケーションを取っていたことが、やはり大きかったように思う。


発音

それでも、歌う時のイタリア語の発音には、次々と指導が入る。
子音と母音がセットの歌詞では、日本語に相当する事例をサッバティーニが例示。だが、日本語にはない子音もあれば、日本人が間違えやすい子音も多くある。いや、母音も日本語と全く同じとはいえない。歌の中で、スピードや高低が出てくると、よりその違いが明らかになる。そんな時、彼は、
「あなたたちは、イタリア語の微妙な発音をもっと知る必要がある」
と口を酸っぱくして言った。
「決して、日本語の発音にならないように!イタリア語の音の雰囲気をまず覚えること」
この基本を常に頭に入れながら歌わなければ、すぐに忘れてしまうのが、まだこの段階だ。

もちろん、これは会話でイタリア語を発音するときよりも、難しい。歌っているときには、フレーズづくりや、息継ぎにかなり注意を払っているので、同時にこなすことが難しくなるからだ。中でも、フレーズが切り替わる前の発音には要注意。それでも、
「繰り返すことで、雑な音が磨かれて行く!」
そうサッバティーニは強調する。レッスン以外でも常に自分で反復練習をしておくように、という指導でもある。
そして、その土台ができあがれば、次は、歌詞に基づいた発音の指導となる。
朗読するときにも当てはまるが、単なる話し言葉での発音と、朗読では一つ一つの発音には違いが出る。まして、歌ならば尚のことだ。

サッバティーニの指導では、一期生の時から、しばしば歌詞の朗読を実践させていたが、単にカナを振った、それらしきイタリア語から、本当にイタリア語の歌詞を歌う状態に変わることができなければ、歌を学ぶ意味が無いとサッバティーニは言う。イタリア語をまず覚えるように、と指導する理由だ。
それでも、発音は繰り返すことで習得できると思っているのか、サッバティーニのテンパーも穏やかだ。
彼のテンパーが炸裂して、雷が落ちるのは、やはり歌い方そのものだ。
特に、ヴィブラートの掛け方には、強烈な指導が入る。
「寝言のような、ぶら下がりじゃダメ!」
思わず、サッバティーニから「ダメ!」と何度も日本語が発せられる。
深みある音、それをどう腹で支えるのか。それを小さい音でも手を抜かない。どんな音でも、常に、全ての注意事項を忘れないこと。
「いつも、どんな音でも」
そういうサッバティーニは、八分音符一つ、子音一つの間違いも見逃さず、指導を入れる。
もっともピアニッシモで、受講生がその指導内容を満たすのは簡単ではない。それでも、サッバティーニは、一つの音に10分掛けても、直せる筈だと指導を続ける。これは、サッバティーニにとっても忍耐を強いられることだ。それでも諦めない姿勢に、このアカデミーの指導の質の高さが現れていたと思う。
こうして、2分ほどのトスティの歌が、一時間掛けてのレッスンとなっていた。

  • レッスン風景  
  • 2013年「プリマヴェーラ・コース第一期生による  修了コンサート」終了後ロビーにて


歌詞と歌!

年が変わると、5月末のコンサートに向けて歌う曲のレッスンが始まる。
どんな歌を歌うかは、受講生が自分から希望も出せ、コーチング・ファカルティ等との協議の上、8曲ぐらいを候補として選ぶ。
もっとも、2月のサッバティーニのレッスンでは、練習日にサッバティーニがこれを歌ったらいいのでは、とアドバイスすることもあるので、数合わせで候補曲を選ぶと受講生は自分の首を絞めることになる。サッバティーニは、日頃、「私のレッスンを受けに来る前の準備、普段の練習を疎かにしては、上達できない」と言っているが、2月のレッスンでは、まさにそれが当てはまった。

候補曲は、従来どおり、ロッシーニからプッチーニまでの歌が並び、オペラ『フランチェスコ・ダ・リミニ』などで知られるザンドナーイが今年も加わるなど、レパートリーが広がっている。
一流のオペラ作曲家の歌では、これまで以上に歌詞を中心とした歌作りに指導が入る。
サッバティーニは、歌詞の意味を受講生に頻繁に説明させるが、自ら説明することも忘れない。しかも、単に歌詞の字面だけではなく、歌がどのような状況を歌っているのか、歌詞の歌い主は誰か、それはどのような人物なのか、それは単数か複数か、と実に細かい部分まで解説する。それを知ると、三分ほどの歌曲がまるで、オペラの一場面であるかのように、実に生き生きと感じられるのだから、さすがである。
そして、歌詞の意味をよく考えた上で、情景を思い浮かべる。誰が、何をしているのか、それを具体的に理解する。そして、歌詞の中にあるドラマを歌わねばならない。そのドラマのイメージを自分でつくることが、まず歌を歌う準備の第一歩だと強調する。

そのため、出だしのワンフレーズから、すぐ指導が入ることも珍しくない。
「曲の入り方は、曲の性格を踏まえて!」
「これはお伽話?それとも悲歌?」
最初の一音の大切さ。そして、伴奏との音の合わせ方についても細かく注意する。
ある時は、こんな指導も。
「ここは、死に至る場面。死というのは、どういう音になるかな?」
「今のところ、口調はそれでいいのかな?この歌詞は皮肉だよね。愛の告白じゃない。ならば、皮肉っぽい口調で歌わないと」
というような感じでフレーズ毎に止めて、より深く歌詞を表現するようアドバイスする。また、
「基本的に歌は語り。それが二役ならば、当然、二つを歌い分けしなければならない」
と、語り手、歌い手になりきるように指導する。
もちろん、音楽的な部分での注意も細かい。
「ここの音量はどのくらい?出だしのフレーズと較べてどう?」
という具合だ。発音記号は当然のこと、ブレスの位置、フレーズの長さ、音量が変化する時の歌い方。そうした技術のための、顔や身体の動かし方まで指導する。


最後もやはりイタリア語

今シーズンは四年目ということもあり、プリマヴェーラ・コース、アドバンスト・コースともに、基本的な歌い方で指導が前に進まなくなる、というような場面は少なかったように見えた。一方、歌のつくり方に関しては、事前の準備の仕方によって、レッスン時の内容に差が大きく出た。歌詞の内容への理解はもちろんだが、その内容、そして場面設定、歌い手の気持ちまで具体化できた受講生は、次のステップへと速く進めたが、そこで苦労していると、技術的な部分へのサッバティーニのつっこみも細かく入る事態になることが多かった。

もちろん、当日の体調や本人と歌との相性というものもあるだろう。しかし、サッバティーニは、そうしたことを踏まえて、一人一時間でどのくらい改善できるのか、そのことに挑戦するよう求めていたように思えた。
そして、5月の修了コンサート前の指導では、再びイタリア語に対する細かい指導が多く入った。
「発音では語尾が重要!今のはイタリア語の語尾?日本語や英語の語尾は違う」
「母音にもっと注意して。母音が硬くなってはダメ」
サッバティーニ自身、この四年間、定期的に日本人を指導したことで、日本人がイタリア語を歌うときに、どこにより注意すべきか、その課題をよく分析した上での指導だったように思う。


修了コンサート

シーズン終わりの修了コンサートは5月27日に行われた。
前半は、第二期プリマヴェーラ・コースの受講生7名とピアニスト4名による「イタリア室内歌曲」。まずそれぞれトスティを一曲歌い、それからオペラ作曲家の歌曲を一曲歌った。二曲目の歌では、サッバティーニの指導の効果があり、生き生きとした情感ある歌が幾つも披露された。

後半は、アドバンスト・コースの受講生5名にコーチング・ファカルティ4名が加わる形の「オペラ・アリアと二重唱」という構成だった。まず、ロッシーニからプッチーニまでのレパートリーから、それぞれアリアを一曲ずつ。それから、今年はコーチング・ファカルティが、二重唱の相手として登場するという新しい試みがされた。

後半のアリアや二重唱では、受講生の声が本格なオペラ歌手に変化してきたこともあり、質が高いもので、そろそろアカデミー受講生という肩書きを外して、歌を楽しんで聴けるような水準に近づいたように思えた。
そうした前評判を知ってか、今年は例年以上に、一般入場者が多かったような気がした。サントリーホール オペラ・アカデミーの高い質への評価が、広まってきた証左だろう。
また、アンコールでは、サッバティーニが中心に入り、受講生、ファカルティ全員で『ファルスタッフ』のフィナーレ、フーガの「世の中はすべて冗談」が披露された。その迫力に驚いたのは、筆者だけではなかったと思う。

  •   

● 2014年の開催レポートはこちら
● 2013年の開催レポートはこちら
● 2012年の開催レポートはこちら

サントリーホールディングス株式会社は公益財団法人サントリー芸術財団のすべての活動を応援しています。