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サントリーホール ENJOY! MUSICプログラム

1993年に発足したオペラ・アカデミーは、2011年秋よりジュゼッペ・サッバティーニをエグゼクティブ・ファカルティに迎えて、若手対象の「プリマヴェーラ・コース」を新設し、新たなスタートを切りました。
2013年にはプリマヴェーラ・コース二期生を迎え、一期生の中から数人がアドバンスト・コースとして引き続きアカデミーに参加しました。アドバンスト・コースのメンバーは、地道な基礎練習の2年間を経て、さらに音楽づくりへの実践的なレッスンを続け、世界で活躍する歌手への道を着実に歩んでいます。
2013年から14年にかけてのサッバティーニのレッスンと、「オペラ・アカデミーコンサート」を取材した音楽評論家・山田真一氏のレポートをご紹介します。

  • レッスン風景

    アドバンスト・コースのレッスン風景

  • 2013年「プリマヴェーラ・コース第一期生による  修了コンサート」終了後ロビーにて

    2013年「プリマヴェーラ・コース第一期生による
    修了コンサート」終了後ロビーにて


【開催レポート】
サントリーホール オペラ・アカデミー
~ジュゼッペ・サッバティーニをエグゼクティブ・ファカルティに迎えて三年目
2014年9月
山田真一(音楽評論家)


今シーズンの特徴

ジュゼッペ・サッバティーニをエグゼクティブ・ファカルティに迎えたサントリーホール・オペラ・アカデミーも今シーズンで三年目となった。
一年目は若手を対象としたプリマヴェーラ・コースとプロフェッショナル・コースとして船出し、二年目はプリマヴェーラ・コースに注力。そして、三年目は新たにプリマヴェーラ・コース二期生を迎え、一期生の中から数人がアドバンスト・コースとして引き続きアカデミーの指導を受けた。

プリマヴェーラ・コース二期生は5月末時点で27歳以下のプロを目指す若手音楽家で、音大などの専門教育機関卒業程度とされた。年齢の上限を下げた理由は、コース終了後に国際コンクール出場可能な年齢であることを想定してのことだったが、今回は学部在学生も含まれる等、一期生よりもずっと若くなった。応募人数は46名。5月のコンサートには7名が出演した。また、ピアニストの年齢上限は30歳まで。一期よりも多い4名が5月のコンサートには出演した。
レッスンは、昨年5月のオーディション最終審査で、サッバティーニによる模擬レッスン(シレーネ練習方法の説明)があり、それを引き継ぐ形で、コーチング・ファカルティによってサッバティーニのプログラムによるレッスンが6月から行われた。従来通りの体制によるこのレッスンに加えて、サッバティーニ来日による直接指導は、今シーズンは三回(10月末~/1月下旬~/5月後半)行われた。

今シーズンを振り返った印象は、プリマヴェーラ・コース受講生に関しては、一期生よりもプログラムへの事前周知が行き渡っていたためか、レッスンへの理解はスムーズだったようにみえた。但し、サッバティーニによる指導は、一期生同様、親身且つ厳しいもので、一人一人に時間を掛けながら、ちょっとしたミスも見逃さない内容による鍛錬となった。
また、今シーズンの収穫は、昨年プリマヴェーラ・コースを終え、アドバンスト・コースを継続して受講した参加者たちだった。最初の二年間は、予想していたほどの成果を筆者は感ずることができなかったが、この一年でアドバンスト受講生たちは大きく成長し、その変化に正直驚いた。それは一聴しただけで全く違う水準へ移行したとわかるものになった。


プリマヴェーラ・コース

プリマヴェーラ・コースのサッバティーニのプログラムは原則、一期生と同じもの。シレーネを基本に、ベルカントの発声を習得するものだ。シレーネとは、ハミングに近い発声練習で、これにより喉に負担を掛けず、頭に音を響かせることが可能になる。しかし、未経験者には口でいうほど簡単ではなく、一期目では、プロフェッショナルコースの受講生でもできていないことがあり、また、習得できたと思っていても、歌っているうちにこの発声から外れてしまうなど、常に意識してやるには、それなりの時間と努力が必要となる技術だ。
サッバティーニの指導は、これまで同様に情熱的だが、それだけに単刀直入に間違いを指摘される新受講生には、タフなレッスンだったに違いない。
「シレーネをやる時は、顎から下の存在を忘れるくらいにしないとダメだ!」、「口を開けるのは軟口蓋を開けるためなのを理解しているのか!」、「身体の悪いクセを直せ!響きが悪いのは、無駄な筋肉を使っている証拠だ!」
と鋭い指摘が次々と飛ぶ。数小節歌ってダメなら止めるということを何度でも繰り返す。筆者にとっては、二年前見た光景と重なるデジャヴである。とはいえ、新受講生には初めての経験、一朝一夕には直らない。

「君の今の舌の位置はNG!家で鏡の前に立って自分の身体の力の入り方をチェックすること」、
「肩に力を入れて出してはだめだ。支えとマスク(顔面上部)の響きで声を出せ!」
ホワイトボードにはシレーネの図が書かれていて、しばしば図で説明する。その様子は、「ちゃんと説明したのをもう忘れたのか」という暗黙のジェスチャーだ。
そして、口の開け方、姿勢にも細かいチェックが入る。

「それで軟口蓋を開けたのか?口を開けるのではなく、開けるのは軟口蓋だ!」
そうすることで、自然に口が大きく開く。その逆になっている受講生が多いとサッバティーニは苛つくことも隠さない。そう、サッバティーニの指導は身も心も全力投入なのである。

もちろん注文はシレーネに止まらない。クレッシェンドの仕方、ヴィブラートの掛け方、音程、トリルと、楽譜に書いてあること全てに注文をつける。
そして重要な一言。
「スペースを作れ!音を捕まえたら、そこにスペースつくって音を出せ。そのために、その音に行く前に準備が必要だ」
このスペース作りは、一期生が最初の二年で最後の頃になっても、頻繁に注意されていたことなので、一年目からマスターするのは難しい。だが、サッバティーニの指導は最初から全開でいく。

シレーネを土台とする基礎レッスンは、その後一年にわたりコーチング・ファカルティ、サッバティーニによって繰り返し訓練させられることになった。

一年目の受講生にとって大変なのは、サッバティーニの指導がどの程度細かいのか予測不可能なことだろう。長年指導を受けているなら、予想もつき、用意できていない場合、それなりの覚悟を持ってレッスンに臨める。しかし、サッバティーニの苛烈極まりない指導は、受講生一人一人の進歩の度合いに応じて、毎回違う方向からやって来るので、目を回したに違いない。だが、サッバティーニはそんな受講生の反応も織り込んで、さらに厳しい態度で指導する。
マンツーマンでサッバティーニから指導を受けると、20分もすれば体力も柔軟性も落ちてくる。だが、彼はこう大声で指摘する。
「Canta! もっと歌え、エネルギーが足りない。一つできて、それで終わりじゃない。20~30分で、最初に出来たことが出来なくなるようではダメだ。オペラを歌うなら、もっと体力と集中力が必要だ。これが苦しい鍛練なら、二時間のオペラなど歌える筈がない」
練習であっても、オペラの舞台で歌っているかのごとく、集中力と体力を維持する。それが、世界のオペラ舞台で歌うということと、サッバティーニは繰り返し説明した。
「もし、これができるようになれば、君も別の世界に入ることができる」
それを目指す練習なのだ、と。


アドバンスト・コース

今シーズンの収穫は、何と言ってもアドバンスト・コース受講生のレヴェルアップだった。アドバンストだけに受講生は誰もがレッスンの最初から声はよく出ていた。従って、いよいよ歌そのものの音楽づくりへレッスンは入って行く。
サッバティーニは受講生に畳みかけるように歌詞の意味を質問していく。
「〝火〟と歌詞にあるが、それはどんな火か。どんな場面なのか。側に誰かがいるのか、それとも一人なのか。一緒にいる人間は何をしているのか」

歌の場面を自分で描かねば、それは音楽にも反映されない。しごくまっとうなことだ。だが、これまで歌い方ばかりに注力していた受講生に、そこまでの余裕はない。だが、サッバティーニには、アドバンスの受講生は「歌手として」新しい段階にいるのだ、と何度も強調する。

アリアではオペラの役柄になりきらなければならない。そのためには、その役はどのような人物か深く理解し、その人物の立場で歌わなければならない。
「今、彼女はどういうつもりで話している(歌っている)のか。日常会話として語りかけているのか。それとも恋人のようにか。それは甘くなのか。聖女のようになのか・・・その逆か」
サッバティーニの質問は止まることがない。
「彼女の性格は?どういう女性?なぜ怒っているのか?それは一瞬の怒りか、それともずっと続いているのか?」
受講生が答えに窮すると、サッバティーニは事例を挙げ、こんな人物か、あんな人物かと選択肢を提示する。そして、「考えろ、頭を使え!」と叱咤する。
だが、人物像ばかりに気を取られると、歌の技術への注意力が散漫になる。落とし穴が待ち構えている。それをサッバティーニは、一瞬たりとも見逃さず雷を落とす。
「発音が明確でない。音程がずれてきた。この歌にどのくらい準備してきたのか!」
もっとも、「ダメ! パンチ!」等と言って笑わせ、気分転換させることも忘れない。
「重要なのは、ここでどの技術を使うかだ。この歌詞に、このフレーズに相応しい技術とは何か、考えて歌え。ずっと同じ調子で歌ってはならない」
強弱はもちろん、速さの変化にも細かく注文がつく。そして、フレーズの切り方、息継ぎには念入りな指導が入る。
「ダメだ、ダメだ。フォルテになるのを待ってからでは、フォルテを歌える訳がない。準備はどうした。そのために、どこで息継ぎをすればいいのか」
「ひとつのフレーズにいろいろな意味がある。それを歌う技術も一つではない」
「頭を使え、自分で考えるんだ」
そして、「sempre!sempre!」、いつもと同じだ、と指導もクレッシェンドして行く。
だが、ついには「Basta!」と言って首を振ってため息を着くこともある。そんな時は、サッバティーニの声は落ち着いている。
「君は本当に歌手になる気があるのか」
三年間、サッバティーニの前で、何十時間と注意されてきて、彼の指導の仕方がわかっているアドバンストの受講生でも、緊張感から逆に、からだが固くなることもある。だが、それを乗り越えなければ、オペラを歌えないという実践的練習なのだ。
そして、サッバティーニの細かい注意が決して勢いで言っている訳でないことは、三回目のオペラ・アカデミー・コンサートで明らかになった。


サントリーホール オペラ・アカデミーコンサート

5月29日、第二期プリマヴェーラ・コース受講生7名、ピアニスト4名。アドバンスト・コース受講生5名が、一年の区切りの「サントリーホール・オペラ・アカデミーコンサート」に出演した(今回は、コーチング・ファカルティ4名の出演もあった)。
第1部は、プリマヴェーラ・コース受講生による「イタリア古典歌曲とオペラ・アリア」。それぞれが二曲ずつ歌った。ピアニストは前回より多くなったため、ピアノ、オルガン、チェンバロと曲により多彩な組み合わせで共演した。一期生の歌は、始めから人数が絞られていたこともあり、一期生の一年目より平均的水準は上がったように感じられた。
第2部は、「オペラ・アリアとイタリア室内歌曲」。演奏時間が十分を越えるカンタータを除き、それぞれ二曲ずつ披露した。この第2部は聴衆も素直に拍手を送る出来映えだった。昨年とはどの受講生もまるで声も歌い方も違い、この一年の成長は、その前の二年間と較べられないほど大きいものになった。アドバンスト受講生の誰もが三年目にして、ついに自分の声を発見したようだった。もちろん、今回のコンサートが終着点ではなく、サッバティーニやコーチング・ファカルティからすれば、まだまだ「足りない」と思わせる点はあっただろう。だが、一聴衆として、コンサートを聴いた筆者にとって、舞台で確実に歌える歌手の姿を想像させるに足るだけの水準になったと言えるものだった。

歌うときの表情を見ただけでも、昨年とはまるで違った。歌詞の意味を理解し、歌の主人公になりきっているからこそ、顔に出る表情が聴衆にもよくわかるものだった。そして、言葉を解さずとも、歌の内容を理解できるものになった。
このアドバンスト・コースの出来映えは、プリマヴェーラ・コース受講生にも手本になり、また良い目標になったと思えた。そして、サッバティーニの厳しい指導をものにすることが、プロの歌手への第一歩になると感じられた。
サッバティーニも今回の成果に満足していたことが、コンサート後の、いつになく穏やかな表情からもうかがえた。
だが、これで満足してはいけない、というサッバティーニとコーチング・ファカルティからの激励もあった。
「母音の発音!これはプロになっても練習すべきこと。自分たちもやっている。口の開け方には注意するように!」
サッバティーニ体制のサントリーホール オペラ・アカデミーは、どこまでも親身で厳しいのだった。

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