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サントリーホール ENJOY! MUSICプログラム

【開催レポート】
サントリーホール オペラ・アカデミー
2013年7月
山田真一(音楽評論家)

プリマヴェーラ・コースの特徴
世界的名テノールとして活躍したジュゼッペ・サッバティーニをエグゼクティブ・ファカルティに迎えて、新たにスタートしたサントリーホール オペラ・アカデミー。今回は、そのプリマヴェーラ・コース第一期の二年目の様子をお伝えする。二年目は、これからプロの歌手として巣立っていく若い世代の指導に集中するということで、このコースのみとなった。

このコースの特徴は、年3回のサッバティーニによる集中指導の外、サッバティーニがいない間、毎月コーチング・ファカルティによるレッスンが行われる仕組みだ。そのため、サッバティーニ集中指導で出された課題を、コーチング・ファカルティのレッスンで解決し、次のサッバティーニ集中指導までに、水準を高めることが可能になる。双方合わせた指導期間は、7月から5月までと、ほぼ一年にわたり、ピーク時には、コーチング・ファカルティ・レッスンが連続して一週間に1回となる等、プログラムとして内外の音楽院のコースに相当する、内容の濃いものだった(レッスンは計46日となった)。

サッバティーニの目指す目標は、「プロとして世界にデビューできること」というだけに、アカデミーのスタンダードと課題は非常に高く、サッバティーニが不在の間に進歩がないと手加減のない厳しい指導が入った。結果的に、アカデミーがスタートした当初、24人にいた受講生は、一年半後には半分以下にまで減ったが、サッバティーニ曰く人数を絞るのが目的でなく、出された課題をこなしているか、あくまでその点に注目した結果だった。サッバティーニ本人は頻繁に、アカデミー外で受けている指導者の指導方法との違いや、レパートリーとの問題はないか、確認を求めるなど、受講生一人一人に配慮しており、世界で名を成した音楽家にも係わらず非常にまめな姿勢に驚かされた。


サッバティーニの指導内容
一年を通してその進捗を見ることができた筆者は、サッバティーニの指摘は、どれも基本的なことが多く、数ヶ月毎に行われる集中指導で、進歩していることを望むのは当然だと感じた。逆にいえば、受講生は、半端な気持ちではキープアップできず、それなりの覚悟がいるプログラムであった。

サッバティーニがまず要求するのは、一曲を通して、サッバティーニの要求する「声の出し方」を実践することだ。だが、これがことの外、難しく、ほとんど全員が、何度も止められ、サッバティーニから厳しい注文を受ける。
シレーネを基本とした発声は当然のこと(注:シレーネについては前回レポートを参照)。音を響かせるポジションが少しでもズレるとすぐ止め、その場で修正の練習となる。また、クレッシェンドや、曲のクライマックスで正しいポジションで音を出せない場合には、どのような準備が必要か、ブレスの位置をどこにするか等、細かい指摘があった。

たった3分の歌でも、サッバティーニがOKを出す声で歌い通せることは希で、中には受講生本人もそのことを理解しているが、一朝一夕にできないことに苛立ちを覚えている者もいた。そうした受講生には、対するサッバティーニも我慢強く接した。彼曰く「私がいない3ヶ月で皆さんがどう進歩したのかを見たいのです。その間のレッスンを真面目にやっていた人、そうでなかった人、それは聞けばわかります」ということである。

二年目は、当然ながら、指導の中心は、「曲のつくり方」となった。例えば、フランチェスコ・パオロ・トスティ(イタリア人で19世紀末に渡英しイギリス王室声楽教師として活躍)の“Malia”は、彼の代表作という程でもない佳曲だが、「このような小曲でも、素材を活かすことが 大切。それが練習になる。言葉のリズムを基本にして、この曲の中にある“歌”を歌って欲しい。逆にこれができないと、“ラ・ボエーム”でもつまらない曲になってしまう」とサッバティーニは指摘した。同曲は、タイトルから推測できるようにマリッアという女性への恋心を歌ったものだが、僅か3分ほどの曲が、恋い焦がれる男の気持ちで満たされている。これを、「この曲を歌うには、恋する人に見つめられた時の気持ちを思い出して、歌うように」といかにもイタリア人らしい指導が入る。

歌を理解するには、当然、歌詞、そして、歌詞の中の「言葉が持つ意味を読み込む」必要があると強調。そして、受講生に、イタリア語をフレーズごとに発音させて、間違いを修正させる。その後、再び、歌わせると、発音だけの修正でも、かなり良くなり、歌としての体裁が形になることが多かった。
このように、サッバティーニの指導は実に細かい。二年目に、サッバティーニの出した宿題の一つは、歌詞を日本語訳して、それを朗読すること。もちろん、最終的には、言語であるイタリア語一つ一つを理解していなければならないが、一足飛びに、そこまでいかず、まず歌を「理解する」ことから始めさせようとする手順にも筆者は感心した。

曲作りで欠かせないのが、歌曲を分析して、どのような「音楽」として歌うのか考えることだ。上記の“Malia”に則せば、たった3分の曲でも、歌い方、曲のつくり方は様々ある。サッバティーニは、二年目の課題を「イタリア語をよく理解すること」としたので、歌詞の内容を押さえて、歌詞を一語一語喋るように歌うことを、基本とさせた。だが、そのスタイルを押しつけるのでなく、一貫性のある曲作りを準備してきた受講生には、それを評価した。(ちなみに、“Malia”はスペインやイタリア人歌手はしばしば取り上げおり、ホセ・カレーラスも十八番としていた。だが、カルロ・ベルゴンツィと較べれば全く異なる歌い方で、言葉重視のベルゴンツィの対極だった。こうしたこともサッバティーニは念頭にしていたのかも知れない。)

歌詞の一句一句、つまり言葉を理解することの重要性は、通り一遍の歌い方を避けることになる。曲の覚え始めは、どうしても音符を追うことに追われるが、そうすると、器楽奏者よろしく、直線的に音を全開で歌いがちになる。だが、歌詞がわかれば、その内容を伝えるために、自然と歌に抑揚が入るので、全開のままクレッシェンドして息切れすることは避けられる。また、曲の繰り返しでも、歌詞が異なれば、当然、歌にも変化が生まれる。「一番と二番では、どちらの方が甘い感情なのか…、切迫しているのか…、深刻なのか」等を理解するようにとサッバティーニには指導した。
そして、歌が「何を表現しているのか」を理解すること。歌詞だけが曲を表しているのではなく、歌詞を通して何を表現しているのかを理解しなければ、最終的には「曲」にはならない。だが、多くの受講生は、先ず、音を正確に歌うことに注力していたせいか、なかなか、この段階にまで踏み込めず苦労していた。

修了コンサート直前のサッバティーニは、これまでの集大成であるかのごとく、それこそ烈火の指導をした。時には、一人一曲2時間を越える指導を行った。だが、完膚無きまで指導を受けた受講生たちは、これに負けることなく、最後まで自分の技術を上げることに努力した。その成果の甲斐あって、続けて行われた修了コンサートでは、見違えるように、良い声になり、「歌」の形を示すことができた受講生が相次いだ。


プリマヴェーラ・コース第一期生による修了コンサート
5月24日に行われた修了コンサートには、最終的に10人の歌手と一人のピアニストが参加した。コンサートは、アカデミーでサッバティーニが指導したレパートリー別の三部構成で、それぞれ各レパートリーで一曲ずつ成果を披露した。

第一部は、古典~ベルカントのレパートリー。オペラでもお馴染みのロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティの、アリアではない、歌曲を歌った。
第二部はトスティの歌曲。トスティの代表曲、「夢」、「祈り」、「さようなら」の他、「海辺」、「歌え」、「暁は光を分け隔て」などを歌った。
第三部は、ロマン派で、やはりオペラでも知られるプッチーニ(「大地と海」、「死とは」など)、レオンカヴァルロ(「朝の歌」など)、マスカーニ(「セレナータ」)や、レスピーギの「霧」、ピツェッティの「羊飼い」、カタラーニの「口づけなしに」などを歌った。

聴衆は、素直に、受講生の歌声に聞き入り、高い表現力を披露した受講生には大きな拍手を送り、堪能できる声にはブラボーを発していた。コンサート中、客席の真ん中に座り、声こそ出さなかったが、一緒に歌うようにアドバイスを送っていたサッバティーニの助力もあったかも知れない。
終演後、受講生、ファカルティ、関係者が集まり、サントリーホール・オペラ・アカデミー第一期の修了を祝ったが、その中心に居たサッバティーニは、肩の荷を降ろすようにホッとした表情で、この日のコンサートの出来映えには一定の手応えを感じていたようだった。




第一期プリマヴェーラ・コースを通して
受講生たちからは、誰からもサッバティーニに対し、「厳しい指導に着いていくのが大変だった」という感想が出た一方、「2年前には考えられない、音楽的変化を経験することができた」と肯定的意見を聞くことができた。実のところ、筆者がレッスンに同席していて、他に参加者がいる場での厳しい指導は堪えただろうと思う場面も少なくなかったが、「それだけに、自分の欠点がよくわかり、今後も指導して貰いたいという気持ちを持った」ということで、前向きに捉えていたことが印象に残った。

また、第一期のアカデミー・プリマヴェーラ・コースを通して、サッバティーニの元歌手としての凄さを感じたのは、受講生の発声を聞いて、それが課題をこなしていなかった結果なのか、レッスン前にどこかで歌って来て消耗した状態かすぐに当てていたことだ。後者であれば、無理にレッスンをせずに、順番を変えたり、その日は他の受講生を聞いて、耳で勉強するよう勧めるなど、指導者サッバティーニの細かい配慮に感心した。

コーチング・ファカルティによるレッスンの役割も大きかった。コーチング・ファカルティには、第一線で活躍する現役の歌手たちが指導に当たったが、サッバティーニが前回のレッスンで行った指摘を修正し、より水準を上げるための重要な練習の場となっていた。このレッスンだけでも、レヴェルアップには充分過ぎる内容で、サッバティーニの直接指導回数を上回る、この機会が設けられたことで、着実に受講生は進化することができたと感じた。最後まで残った受講生は、全員、2年間で見違えるような声に進化したことに、目を見張ることになった。

なお、受講生のうち成績優秀者は、オペラ・アカデミー選抜メンバーとして、6月の「チェンバーミュージック・ガーデン フィナーレ」に参加。保科瑠衣がトスティ「よそ者」、サンドナーイ「けがれなき女」を、佐藤優子がロッシーニ「約束」、オランピアのアリア「森の小鳥は憧れを歌う」(『ホフマン物語』)を披露し、詰めかけた聴衆から大きな拍手を受けた。

また、サントリーホール オペラ・アカデミー プリマヴェーラ・コース第二期では、アドバンスト・コースが設けられ、第一期生から5人が参加することになった。

  • チェンバーミュージック・ガーデン フィナーレ
    ソプラノ:保科瑠衣

  • ソプラノ:佐藤優子

  • コーチング・ファカルティ:(左より)櫻田亮、
    古藤田みゆき、野田ヒロ子、今尾滋



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