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『Hibiki』Vol.10 2020年1月10日発行

特集:あらためまして、サントリーホールへようこそ!

2020年、サントリーホールは今年も華やかなニューイヤー・コンサートで幕開けしました。
1年を通じて、国内外の素晴らしい音楽家たちが、大勢集ってくれることでしょう。
心に響く音楽を、心ゆくまで味わう場所。

今号では、特別ゲストに俳優・歌手の高橋克典さんをお招きし、サントリーホールという音楽空間を巡っていただきます。

高橋克典(たかはし かつのり)
神奈川県横浜市生まれ。1993年『抱きしめたい』で歌手デビュー。その後、俳優としても活躍。代表作に主演ドラマ『サラリーマン金太郎』『特命係長 只野仁』『庶務行員 多加賀主水』など。他の作品でも多彩な演技でストーリーを支え、幅広いファン層に支持されている。2020年大河ドラマ『麒麟がくる』に織田信秀役として出演予定。両親は共に⾳楽家で、⼩学⽣の頃はピアノとトランペットに親しんだ。2017年4月よりEテレ『ららら♪クラシック』のMCを務めている。

音楽の〝現場〟へ

穏やかな冬の日差しのなか、上品なミッドナイトブルーのスーツを着こなした高橋克典さんが、アーク・カラヤン広場に颯爽と現れました。

「クラシック音楽のコンサートは、出掛ける前から、『何を着て行こうかな』なんて華やいだ気持ちになりますよね。そういう場所、ほかにはあまりないですよ」

革ジャンにサングラス姿の刑事や熱血サラリーマン、剣術使いや戦国武将を演じるなど、屈強なタフガイのイメージの一方、テレビ番組『ららら♪クラシック』で毎週、クラシック音楽の魅力を楽しくわかりやすく伝えてくれる顔として、幅広い世代に親しまれています。

「ずっとロック少年で、40歳を過ぎた頃からジャズにはまり、クラシック音楽が耳に入ってくるようになったのはここ数年のこと。ですから、『ららら♪』の仕事をいただいたときは、なんでぼく?と驚きましたが、番組のおかげで、遠い存在だった作曲家の人間らしい一面を知ったり、曲に込められたストーリーや仕掛けを知りながら、クラシックを身近に感じるようになってきました」

そこで、クラシック音楽の〝現場〟サントリーホールを、あらためて隅々までご案内させていただこうと思います。まだサントリーホールを訪れたことがない読者の方も、ぜひ、コンサートの楽しみ方をイメージしながら、ご一緒ください。何度もいらしていただいている方にも、意外な発見があるかもしれませんよ。

待ち合わせはカラヤン広場で

六本木や赤坂、青山に連なる都心の複合施設「アークヒルズ(ARK Hills)」の一角に、サントリーホールはあります。喧騒の六本木通りに面した高層オフィスビルやホテルを抜け、その奥へ……緑と光溢れる空間が目の前に広がります。 アーク・カラヤン広場です。
心地よく響く滝の音。周囲のレストランからは愉しげなざわめきが聞こえます。ベンチで寛ぐビジネスマン、お散歩中のママと小さなお子さん、庭園の緑や季節の花々に憩う人々。ゆったり開放的な空気が漂います。

コンサートの待ち合わせは、20世紀の大指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの名を冠したこの広場で。サントリーホールの正面、金色の半円形が連なるモニュメント(作品名「響」)が目印になります。

「初めて来たのがいつだったかは忘れてしまいましたが、プライベートで時々。つい数週間前も、コバケンさん(指揮者小林研一郎)のコンサートを聴きに来ましたよ」

と高橋さん。入口の扉前で壁を見上げ、

「ここにオルゴールありましたよね?」

そう、ホール正面入口上の壁の中には「パイプオルゴール」が仕込まれていて、コンサート開場時間になると壁が開き、姿を現します。大ホールのオルガンと同じ素材で作られた37本のパイプからなる、日本では希少なパイプオルゴールです。小さな人形が動く可愛いらしい仕掛け、印象的なメロディー、低音も響く迫力の音色は、コンサート前の楽しみのひとつです(毎日正午にも演奏されます)。

さあ、開場です。レセプショニストが扉を開け、皆様をお迎えします。

金色のモニュメント「響」の前に佇む高橋克典さん。このモニュメントは、サントリーホールのシンボルマーク「響」をデザインしたグラフィック・デザイナー、彫刻家の五十嵐威暢氏によるもので、いくつもの半円形が地面と接する設置面が、「響」マークの形になっています。
1枚目の写真上の立体マークからイメージしてみてください。

「カラヤン広場」は、カラヤンの故郷オーストリアのザルツブルク祝祭大劇場前と、ウィーン国立歌劇場前にもあり、サントリーホール前のアーク・カラヤン広場は世界で3カ所目。カラヤン財団より寄贈されたプレートが飾られています。

開演前のひととき

エントランスを入ってすぐ左には、室内楽やリサイタル用の小ホール「ブルーローズ」があります。
ホワイエ(ロビー)の深紅のカーペットをまっすぐ進むと「大ホール」です。
大ホールは2006席。1階と2階、さらにいくつかのブロックに分かれた客席への入場扉は、1階8カ所、2階に14カ所。チケットに記された席の位置がわからなかったり、入る扉に迷われたら、お近くのレセプショニストにお声がけください。速やかにご案内します。

クラシック音楽のコンサートは、たいてい2時間前後のプログラム、二部構成で、間に20分ほどの休憩が入ります。
どんな音楽に出会えるのだろう、どんなに素晴らしい時間を過ごせるのだろうと、徐々に気持ちが昂まる開演までの待ち時間。ホワイエ奥にあるドリンクコーナー「インテルメッツオ」では、シャンパン、ワイン、ビール、『響』『山崎』などウイスキー数種類、コーヒーなどのソフトドリンクやプティ・フールなどをお楽しみいただけます。余裕をもって到着し、シャンパンで乾杯してから、ゆったりと客席へ、なんて優雅な気分も味わえます。
休憩時間に、音楽で高揚した気分のままグラスを傾けるひとときも、また格別。ちなみに、INTERMEZZO(インテルメッツオ)はイタリア語で間奏曲を意味します。

大ホール2階ホワイエにて。
高橋さんの背後に、「光のシンフォニー『響』」と、エントランス内壁には「響」をテーマにしたモザイク壁画。日本を代表する抽象画家、故宇治山哲平画伯の最晩年の作品です。
写真右下、階下に見えるのは「ブルーローズ」(小ホール)の扉です。

SUNTORY HALLのロゴが掲げられたエントランス(1枚目の写真参照)の上の壁から姿を現すパイプオルゴール。
ぶどう畑の番人である老人と少年の人形が、オルゴールを回して奏でる曲は、季節ごとに変わります。お聴き逃しなく!

コンサートの空間

高橋克典さん、本日は大ホールへ。まずは2階から、ホール全体を眺めていただきましょう。
ホワイエの天井に輝くシャンデリアが、より近くに見えます。巨大な30面体、6630個のクリスタルガラスがきらめく「光のシンフォニー『響』」です。照明デザイナー石井幹子氏による、華やかでシンボリックな存在です。
向かって右手前方、RAブロックの扉からホールの中へ。ステージサイド、オルガンも間近に見える場所です。まだ誰もいない客席。ワインレッドの布地が、眩いばかりに並んでいます。

「壮観!」

音楽は演奏家だけのものではなく、聴衆と演奏家が一体となってつくりあげるもの。故マエストロ・カラヤンからのアドバイスもあり、ステージを包み込むように客席が段々畑状に広がり、どこに座っても太陽の光のように音が降り注ぐ「ヴィンヤード(ぶどう畑)形式」を、日本で初めて採用したホールなのです。

「なるほど、ぶどう畑ですね。いつも正面真ん中あたりの席で聴いていましたが、こうやって見ていると、いろいろな席で聴いてみたくなります。この前、『ららら♪クラシック コンサート』の司会者として、このステージに立たせていただきましたが、後ろ側にも席があるんですよね。後ろからの視線を感じて、どのタイミングで振り向けばよいか、ちょっと悩みました(笑)」※1

ヴィンヤード形式の大ホール。天井のシャンデリアは、ぶどうの葉とシャンパンの泡のイメージ。写真右手のオルガンには、ぶどうの房を模した装飾も。その下がステージ後ろのPブロック。高橋さんが立つRAと向かいのLAブロックは、ステージ脇で演奏者を間近に感じられます。

ドリンクコーナー「インテルメッツオ」は、1階ホワイエ奥に2カ所、2階に1カ所あります。
同じ音楽空間に集い、音楽が生まれる瞬間を共にする人々が、開演前や休憩時のひととき、お酒やコーヒーを飲みながら過ごす場所。そのざわめきも、コンサートホールの心地よさのひとつです。

ステージ後ろのPブロックは、指揮者の表情や動きをつぶさに見ることができ、オーケストラの一員として座っているような気持ちにもなれると、秘かに人気です(Pブロックを販売しない公演もあります)。

「オルガンもでかいなあ。まだ聴いたことなくて。一度、聴いてみたいですね」

世界最大級のオルガン、何本のパイプが並んでいると思いますか? 表に見えるだけでなく、部屋のようになった内部にもぎっしり、6メートル超のパイプから手の平サイズまで、総数5898本。これらのパイプの組み合わせによって、様々な音色をつくることができる、ホールと一体化した巨大な楽器なのです。

毎月1回(8月を除く)ランチタイムに、無料の「オルガン プロムナード コンサート※2」を開催していますので、壮大な音色を、ぜひ体感してみてください。

※1 『ららら♪クラシック コンサート Vol.8』は
5月9日(土)サントリーホール大ホールで開催予定。
※2  オルガン プロムナード コンサートの公演情報はこちらのリンクへ

美しい響き

「わー、今ウィーン・フィルが来ているんですね。聴きたいなあ……」

廊下の公演情報を眺めて高橋さんが言います。
ご案内したのは昨年11月。ちょうどウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(オーストリア)、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(オランダ)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ドイツ)など、世界最高峰のオーケストラが連日演奏を行っている時期でした。

「日本にいながらにして、世界旅行ができるという感じですね」

年間600前後の公演が行われているサントリーホールは、世界各地の音楽家と触れあえる場とも言えます。
なかでも開館当初から長く深いつながりのあるウィーン・フィルは、ほぼ毎年来日し、約1週間にわたって音楽の都ウィーンの妙なる調べを奏でてくれます。「このホールの響きはますます良くなっています。ここで演奏するのは幸せ」というベテラン団員も。
弦楽器と同じように木をふんだんに使用した建物ですから、時間とともに熟成されているのかもしれません。

大ホールの壁面内装はウイスキーの貯蔵樽にも使われるホワイトオーク材、床や客席の背板はオーク材で、天井の湾曲や三角錐を用いた壁、客席をブロックごとに分ける大理石の壁もすべて、音の反射を計算し尽くし、「世界一美しい響き」のために設計されています。

2020年、ぜひ高橋さんも、読者の皆さんも、世界中の音楽家の演奏を聴きにいらしてください!

最前列の席でステージを見上げる高橋さん。
ホールの床や壁のオーク材には、33年間演奏されてきたすべての音楽が染み込んでいます。客席の布地はオーストリア製、1930年代にウィーンで流行したトラディショナルなぶどうの図柄が織り込んであります。

音楽家たちの舞台裏

さて最後に、普段は見ることのできないバックステージを覗いてみましょう。

コンサートのMCとして大ホールの舞台を幾度か体験されている高橋さん、

「バックステージで、出演者の間になんだかいいムードができてくるんですよね。そしてステージ上で、演奏の内側にあるものが、ふわっと膨らんでくるんです」

と。バックステージは、演奏者の内で日常と非日常のスイッチが切り替わる場。緊張とリラックスが入り混じる空間です。楽屋は大ホールに10室、ブルーローズ(小ホール)に4室あり、個室にはピアノが置かれたり、シャワーが完備されるなど、指揮者やソリストが最良のコンディションで演奏にのぞめるような環境が整えられています。
大ホールの舞台に直結したアーティスト・ラウンジには、オーケストラメンバーなどが集い、お茶を飲んだりお喋りしたり寛ぎつつ、楽器の音出しをしたり最終調整をしながら、徐々に集中を高めていきます。
その頃客席では、音楽家たちの登場を待つ2000人のワクワク感が、ざわめきとなって渦巻いているのです。

まだまだお伝えしきれない魅力がたくさんあります。
定期的に、館内を楽しい解説付きでご案内する「バックステージツアー」や、大ホールでの「オルガン プロムナード コンサート」、毎年4月にはホールを1日無料開放する「オープンハウス」も開催しています。
まずは〝現場〟に足を運んでみてください。

今年も、音楽や演奏家との幸福な出会いが、たくさん生まれますように!

「アーティスト・ラウンジ」には、サントリーホールに出演した歴代音楽家たちのサインが。

世界各国からやって来たオーケストラやアンサンブルのメンバーたちがステッカーを貼っていくロッカーは、まさに世界旅行気分。


撮影・松井康一郎
スタイリング・小川カズ
ヘアメイク・飯面裕士(HAPP'S.)

サントリーホール総支配人 折井雅子

サントリーホール総支配人 折井雅子

「まるで音の宝石箱のよう」と、マエストロ・カラヤンから賛辞をいただいたサントリーホールは、「人の宝石箱」でもあると感じています。音楽家たちが最高に輝く場所であり、コンサートにいらしたすべての皆さんが輝いて見える場所。特別な空気感、濃密な演奏、その時間と空間を共有する〝ときめき〟効果だと思います。
ぜひ一度、この空気を味わいにいらしてください。長い歴史を重ねてきたクラシック音楽という大きな世界に身を委ねてみれば、その響きに包まれて、気持ちが伸びやかになってゆくのを感じられると思います。心のストレッチです。

 

私たちスタッフ一同、最高の音を楽しんでいただきたい、良い空間、良い時間をお届けしたいという気持ちを常に携え、お待ちしています。

生誕250周年に聴く珠玉のベートーヴェン

今年、クラシック音楽界最大のトピックは「ベートーヴェン生誕250周年」です。
1770年にボンで生まれ、ピアニスト、作曲家としてウィーンで活躍、56年の生涯を唯一無二の音楽表現に捧げたルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。時を超え世界中の人々を魅了し続ける多彩な作品を、21世紀に活躍する音楽家たちが奏でます。

サントリーホールではまず2月に、3日間にわたる「サントリーホール スペシャルステージ 2020アンネ = ゾフィー・ムター」。
6月の「チェンバーミュージック・ガーデン」では、チェロソナタ全曲演奏会、弦楽四重奏曲全曲演奏会(ベートーヴェン・サイクル)、サントリーホール室内楽アカデミー出身の葵トリオによるピアノ三重奏曲全曲演奏会と、充実のベートーヴェン・プログラム。10月は五嶋みどりの「スペシャルステージ」です。

それぞれのベートーヴェンを、ぜひご堪能ください。

ムターのベートーヴェン 
音楽評論家・柴田克彦

アンネ = ゾフィー・ムター

©日本美術協会/産経新聞

〝ヴァイオリンの女王〟アンネ = ゾフィー・ムターが、ベートーヴェン生誕250周年を記念した特別プログラムで、「サントリーホール スペシャルステージ」に2016年以来の出演を果たします。13歳で巨匠カラヤンに見出されたムターは、豊麗な音色、完璧な技巧、豊穣な表現力を併せ持つ演奏で、40年以上もの間世界的に活躍。天才少女から女王に成長した稀有の名奏者です。

 

今回の公演は、ムター自身「記念イヤーにあたって幅広いレパートリーをご紹介したい」と語る通り、「協奏曲」「室内楽」「リサイタル」の3つの形態を披露する多角的な内容。
「ベートーヴェンはヴァイオリンのソロ楽器としての地位を確立した作曲家。特に今回演奏するソナタ第4、5、9番でピアノと同等の楽器になりました」
と話すリサイタルはもちろん、彼女の艶美な魅力が全開となる協奏曲の2曲上演、「ベートーヴェンの弦楽四重奏曲に取り組むのは学生時代からの夢だった」という室内楽での新境地にも熱視線が注がれます。
「ベートーヴェンの〝闇から光へ〟の哲学やすべての人々を包み込む音楽のメッセージは現代にも響きます。世界にまた〝壁〟が作られている今だからこそ、そのメッセージは緊急性を持って伝わってきます」
と語る彼女にとって、ベートーヴェンの演奏は記念イヤーだけの意味にとどまりません。この深い思いのこもった音楽を、円熟の名技と共に味わえる今回は、どれもが〝スペシャル〟な必聴の公演です。