• 私のボスジャンは、父から譲り受けたものです。私の20歳の誕生日に貰い、それまで父は、夏以外はずっと着ていました。当時は、父のように大人の仲間入りができるという高揚感があったと記憶しております。それから今に至るまで、袖口などボロが出てきて、リペアを繰り返しながら大切に着てます。現在24歳になり、父と飲みながら語らうことができて自立もして、少し大人の仲間入りができたのかなという気持ちでおります。その為、もし今回当たった場合には、これからも父が元気でいて欲しいという願いを込め、新しいボスジャンを父親にプレゼントしたいと思います。

  • 当時私は永ちゃん(矢沢永吉さん)の大ファンで年に何度もライブに行くほどでした。永ちゃんのマネをしてジーンズはリーバイス、Tシャツはヘインズ、ジャケットもハーレーを着たりしていました。その永ちゃんがボスの缶コーヒーのCMでスーツを着て黒カバンを持ってボスを飲みながら走っているのは衝撃的でした。それからはもちろん缶コーヒーはボス、飲料水もサントリーしか飲まなくなりました。ボスジャンはなかなか当らなくて、色々なつてをたどり、やっと手に入れました。ほとんど着ていなくて飾っていましたが、今は思い出と共に衣装ケースに大切にしまってあります。

  • もう25年たつんですね。まだ20代の私はボスジャンを着て街を闊歩したものでした。久々にボスジャンを出してみると、その当時の自分に戻れそうです。

  • まさか当たるとは思わなかったので非常にうれしくて、すぐに着て駅前のショッピング街に出かけたところ、同じボスジャンを着た人に出会い、笑ってすれ違ったのを思い出しました。また近くの酒屋さんのお兄ちゃんが私のボスジャンを見てほしがり、はがきを50枚ぐらい送っても当たらないとぼやいていたのを思い出しました。このボスジャンは去年まで年数回着ていたものです。

  • ボスジャンが欲しくて、缶コーヒーをずいぶんと買い求めました。応募のほとんどを自分用にLサイズを10口以上、妻用にほんの数口Mサイズを応募。結果、見事?Mサイズ1着の当選。嬉しい様な淋しい様な複雑な心境でした。シーズンで妻が着用するたびに羨ましく思う反面、「これでいいのだ!」と自分に言い聞かせたものです。

  • このボスジャンを入手してから早くも25年もの年月が過ぎたのですね。ちょうど会社を今年で退職しましたが、このボスジャンを入手した時期に課長昇進になり、Wの喜びがあった記憶が思い出されます。仕事用のジャンパーとして会社で着ており、職場のスタッフから羨望の目で見られており、ちょっと得意気になって愛用しておりました。当時は全員が欲しがったボスジャンでした。仕事が乗っている時でしたので『ボス勤続25年 これからも「働く人の相棒で」。』のコピーには、大変共感を受ける私です。退職した現在、私の社会での充実期は、このボスジャンと共に歩んだ気がしてなりません。

  • テレビを見てびっくりしました。俺のボスジャン探してる!と。もちろん今でも毎年愛用中。もう、25年も前だったんだと改めて思いました。そうだよな、ヨチヨチ歩きの娘も26歳。ボスジャンが手元にきた時は信じられなくてとても喜びました。大好きなボスジャンに、小さかった娘はウンチが漏れていたり、抱っこ中に嘔吐されたり、でもボスジャンは強くたくましく、自宅で洗濯しても全くヨレない!今は愛猫にオシッコをかけられたりしますがまだまだ現役で頑張ってくれています。仕事にはもちろんプライベートもずっとずっと愛用させていただいております。25年か~、私も白髪が出るはずだ。でも、これからも俺のボスジャンよろしくな!凛とした気持ちで着続けます。

  • もう20年以上前になりますが、勤め先の児童館に、「20枚以上ハガキを出して、1通当たりました!」と、このジャンパーを着ていくと、当時の男性館長がとてもうらやましがり「イイナーイイナー」を連発していて、ちょっぴり自慢でした。

  • 1993年5月、主人と結婚したので、初代ボスジャンと同じ、25周年を迎えます。主人はバイクがとても好きで、バイクに乗る時は、ジャンパーをよく着ていました。初代ボスジャンは、ちょうど良いと思い、私が応募して、見事当選しました。最近は、会社にも車で通勤していますが、以前はバイク通勤だったので、初代ボスジャンをよく着ていました。今でも破れたりせず、改めて見ると新婚の頃を思い出します。今春より、次男も大学生になり、ひとり暮らしを始めたので、新婚当時の様に、主人と二人、仲良く毎日を過ごしている今日この頃です。

  • ボスジャンは主人が出かける時はいつも着ていました。歩くのが速かったので子供といつも見失わないように背中のボスマークが目印でした。

  • 初代ボスジャンは、応募シールはなく、ハガキを送るだけだったと思います。2代目から黄色いシールだったような…自分と彼女の名前で応募して、クリスマスイブに彼女の家に届きました。ボスジャンと箱の側面に書いてありました。クリスマスイブに届けるなんてサントリー粋な事をするな、と思いました。翌年の永ちゃんのコンサートに、自慢気に着ていきました。

  • (夫のことですが、、、)とにかくコーヒー大好き。毎日缶コーヒーをのんでいました。今もですが。ボスという響きが好きでしたネ。新聞広告欄に応募が出ていた様に記憶しています。当たった時届いた時の喜びようは、何ともいえなかったですね。ずい分着て歩いてました。街角でボスのロゴをみつけると孫はじいちゃんのだーと喜んでいます。なつかしいですね。

  • 冬になると父は毎日、このボスジャンを着て仕事に行っていました。ある日ボスのCMが流れたとき、幼い私に父は応募した当時のことを自慢げに話してくれました。初代ボスジャンに一目惚れし、家族と協力して3口応募したこと、12月25日に運送屋のお兄さんが「おめでとうございます!!」と、とびっきりの笑顔で配達してくれたことなど「今でも忘れらない、最高のクリスマスプレゼントだった」と言う父の顔はとても嬉しそうでした。長年愛用し、大切に持ち続けた自分のボスジャンを自慢したい思いで、今回の企画への応募を決めました。

  • ボスジャンが欲しかった私のために妻がせっせと応募ハガキを書いてくれてたのを思い出します。100枚くらい書いてくれたのかなー。当選して送られて来た時は2人で大喜びしました! それを着てスポーツクラブに行くとみんなに羨ましがられてちょっと気分が良かったですよ。ある日いつものようにボスジャンを着て行くと「ボスジャン3万円で譲ってくれない?」とスタッフの人に言われたんですが「これだけは大切なものだから譲れません。勘弁して下さい」と言いました。それくらい人気があってスタイリッシュなデザインだったと思います。その妻は今年3月2日に癌で亡くなりました。サントリーさんがボスジャンを探していると知りタンスを探すとクリーニングの札も付いて綺麗なまま大事に保管されていました。なんだか昔に戻ったみたいで涙が止まりません…初盆に応募できるのも何かの縁なんでしょう。

  • 高校生の時にすごく欲しくて送ったら当たり、すごく嬉しかったのを覚えてます。暖房のない部屋で昔は生活してて、ジャンパーを着るとすごく暖かくほんわかした気持ちになりました。寒い中、外に働きに出ていた父にプレゼントしたら、さらに喜んでくれましたので、父の名前で応募させていただきます。

  • 昔も今も矢沢永吉さんの大ファンである私は、「ボスジャン・プレゼント・キャンペーン」でこのボスジャンを「絶対に当てたい!」と心に誓い、即行動に移しました。今でも覚えています。購入したハガキは「200枚」でした。その日から書いて書いて書きまくりました。…数日に分けて200枚全てを書き上げ何日も何日も日数を分けて朝投函・昼投函・夕投函と、ありとあらゆるポストから1枚〜2枚を投函し続けました。その結果…1枚のボスジャンに当選致しました! それはそれは嬉しくて嬉しくて、天にも登る様な気持ちで箱を開けました。「やった当った! ボスジャン!」と喜び勇みましたが、「せっかく当たったボスジャン」急に着用するのが、勿体無くなってしまい…未着用のまま、未使用のまま、今日に至ってしまいました。長い期間、箱に入れたままでしたので、汚れや擦れ、ホコリなどは一切ありません。この長年眠っていた「ボスジャン」をサントリーさんに返還する事が私の使命だと思っております。来るべき、この日の為に大事に保管していたような気がしてなりません。24年前のあの日あの時…ペンを持ってハガキを書いて書いて書きまくったのが、とても懐かしく想えます…。その代償として右手の中指に「ペンダコ」が出来てしまった事も良い想い出になっております…(笑)

  • どうせ当たらないものと思いつつ1枚のハガキを投函したら、当たってしまいました。ビックリでした!この時に、運を使い果たしたと見えてその後の「ボスジャン」は、当たりません。今でも「初代ボスジャン」当たったと自慢しています。

  • この当時、ボスジャンが欲しくてたくさんの缶コーヒーを飲みシールを集め応募したと記憶しています。当選した時の喜びは今も記憶に残っています。あれから24年の年月が過ぎ小さかった子供達もこのボスジャンを見て育ち勿論、今でもボスジャンは、健在です。今は孫達がボスジャンを見て育ってます(経年劣化で色褪せとボリューム感は無くなりましたが)。今でもボスジャンは毎年、寒い時期に活躍しています。ありがとうございました。

  • 当時、ほんとうによく着てました。通勤にも、犬の散歩にも、ちょっとしたお出かけにも、たいてい青いジャンパーを羽織っていた記憶があります。時々別のを着ても結局ボスジャンを着る父。これが一番軽うてぬきんじゃあ(岡山弁で軽くて温かい)と。それに、普段の父のセレクトで、青いジャンパーに裏地がオレンジなんて色の組み合わせの服など持っていなくてカッコえかろうと思って着ていたに違いありません!このボスジャンのキャンペーンを知り岡山に住む父にまだ持っているか聞いたところ、「あるでー」と。探してもらい、懐かしそうに眺め着てみる父。よく着た割には状態がよい! 久しぶりに着た父を見て年はとりましたが、当時着用していた若かりし父を思い出しました!

  • 懸賞は小学2年生の時にうき輪、高校生の頃に巨人戦のチケットが当たりました。それ以来何も当たることはなかったのですが、ボスジャン2着も当たりびっくりしました。平成13年になくなった父とペアルックで着ていました。

  • 東京本社から大阪支店に転勤して言葉のギャップに悩んでいました。私の子供と近所の子供を連れて遊ばせていたところ、大阪の子供たちは私のことを「オッチャン」と呼びます。支店に出社して女の子達に「おっちゃん」と子供たちに言われた。少々、むかついたと話したところ、何言ってるんですか子供たちの褒め言葉ですよ。私はうーん。そんな時、学生時代はサントリーレッド、ホワイトを愛飲し、サラリーマンになって愛飲しただるまの愛称のウイスキーメーカーのサントリーさんが新しい缶コーヒーを出すと言うので買って飲んでみたところ辛い気持ちにしみいるほど美味しい。ついでにボスジャンに応募したところ特賞と書いてある箱が家に送られてきました。それから転勤(単身赴任)⇔本社を繰り返すこと13回。最初の単身赴任地、名古屋の事務所の下の自販機のレインボー缶コーヒーをしみじみと飲んだ時の味は忘れられません。今はプレミアムを愛飲しています。ジャンパーは25年間、毎冬愛用させていただいていますので少々くたびれています。

  • 20数年前に知人にいただき、事あるごとに着用していました。今では34才になる子供が小学生の頃、子供の同級生にボスおばちゃんの異名をつけてもらい人気もあやかりました。たまにボスジャンを着ている人を見かけますがほとんどが、プリントでしたのでなんとなく刺繍というのは誇らしかったのを覚えています。長年着用しましたので、テカテカ光って袖口もほつれてきましたので、捨てようと思っていましたが、なかなか捨てきれずになおしこんでおりました。どうぞ、何かのお役に立てていただけましたらボスジャン同様幸いに存じます。

  • 「WEST」を飲んでいました。そうしたところ新しい銘柄の缶コーヒーを発売する情報が流れ、ワクワクした記憶があります。名称は「BOSSコーヒー」。ロゴマークも渋い男でかっこいい。矢沢永吉のコマーシャルがシャワーのように流れた。そしてなにより「WEST」より格段うまくなっていた。配達の仕事が多いので、ハンドルの横の缶ホルダーには、いつもブラックが相棒。1日2本が当時から今も同じ。生活のルーティンになっている。私の仕事は、地元の特産品デコタンを使った「でこたんようかん」を伊勢志摩の観光ホテルの売店に卸している。冬は「ボスジャン」、夏は「BOSSシャツ」が私の制服。ですから着ている服を見れば誰もが私が来たことがわかる。「BOSSブラック」に「でこたんようかん」意外にあう。疲れを癒す至福のひと時である。背中のボスもニッコリと私に寄り添い互いの25年間を懐かしんでいるようだ。初代の「ボスジャン」は、何度か着たが新しい「ボスジャン」が出る度に新しいのを着るので、クローゼットの奥に出番がなくて悔しがっていた。このキャンペーンで、自分の出番がやってきたと新品の笑顔を見せた。

  • お探しのボスジャンです。このボスジャンは私は当らなかったのですが、会社の先輩が欲しいのかそれならあげるよと言うので気前よくいただきました。これを着ると皆が注目して奇麗な刺繍だねとよく言われました、通勤でも着て会社に行きました。親戚のこども達はボスおじさんと呼びます、車のナンバーも8055、見ようによってはBOSSと見えるのはBOSS愛のしるしかと2台ともこの番号を希望ナンバーにしています。

  • ボスジャンを手に入れた背景には年賀はがきがあり、当時100通程出していました、その中で書き損じや余りを普通のハガキに替えていましたので手元に20枚以上ありどうしようかいつも思っていたところ雑誌でボスジャンプレゼントの広告を見て応募しようとしたのがきっかけでした。その後も色々と応募していくつかの商品をもらった記憶があります。初めてボスジャンを着て出かけたところいく先々の友人知人からどうやって手に入れたか何人にも購入先や値段を聞かれ雑誌の懸賞で当たったと説明したような記憶があります。

  • 当時私は3人の小学生(男2人、女1人)の子育て真最中。宿題をしなさいと言っても遊んでばかり勉強してるふりをしてこっそりマンガを読んでいる息子にイライラの日々。いつものように掃除をしようと子供部屋に入ると案の定机の上には読みかけの少年ジャンプが…怒りの頂点に達した私はもう捨ててやると本を手に取った。裏表紙の「ボスジャンプレゼント」の文字が目に止まった。このジャンパーカッコイイ。絶対欲しい! 応募締め切りはもう間近。そういえば年賀状が1枚だけ残っていたはず。慌てて探し、この1枚が全てこの1枚に託すしかない。くじ運のない私だけど…このボスジャン欲しい。どうか当たりますようにと心を込めてポストに投函した。そして奇跡がおき私の元にボスジャンが届いた。たった1枚のハガキで…。それからボスジャンを着ていると“それどこに売っていますか?”と声をかけられることしばしば…その度に1枚のハガキで当たったんですと優越感に浸った。大事に保管していたところ、今回の募集をTVで知った。あの頃の子供たちはもう30才。私も今年8月に還暦を迎えた。ボスジャンを見るとあの箱を開けたときの感動が今でも鮮やかによみがえってくる。

  • どうしてもボスジャンが欲しくて爆買いした事を今でも覚えてます。寒い時期には仕事であれプライベートであれ着て出掛けたものです。袖口が綻びて別の袖口を縫い合わして使用しています。直しが出来なくなるまで着るつもりです。

  • 新聞か雑誌の広告を見てハガキ1枚を出して当選しました。当時は珍しいので、ひそひそ声で「ボスジャンだ!」の声を聴くのが楽しみでした。今でも着ています。1度クリーニングに出したらフロント部分に白い色落ちが出来てしまい非常に残念です。刺繍のボスマークがかっこいいです。革のボスジャンも当選しています。こちらも刺繍でいいですね。多少汚れが目立ちますが機能的には問題なく愛用中です。でももう25年ですか。実は私の愛車のランドクルーザープラドも25年目なんです。ちょうど同じ頃に送ってきていたんですね。こちらもワンオーナー車です。良いものは大切に使いたいです。

  • 祖父、父に続き、栃木県にある世界文化遺産である日光東照宮など、三代続いて世界遺産のガイドをしていますが、冬になると必ずボスジャンを着る父、あー、今年も日光の冬が始まったなー。事務所に行くと、必ず父が着て行くと冬の始まりだねー! と言われており、お父さんもボスジャンすきだなー(笑)と案内の事務所のみんなで思っていました。そんな僕の思い出話でしたが、今年の4月に母が亡くなり、初盆の中、家族みんなでご飯をたべていると見たことあるボスジャンのニュース。お父さん毎年着てるやつじゃん! 懸賞あてたの??? お母さんとがんばってハガキ送ったなー(笑)と母の話題になり、沢山の話題がでました。お母さんもきっと笑っているであろうと、家族みんなでほっとしたところでした。ありがとうございました。

  • バイクに乗るときはいつもボスジャンを着て街を巡っていました。当初はいいなーと言われていました。最近は珍しーと言われております。

  • 私の弟が高校生ぐらいのときに応募して当選したものです。その後弟は結婚し、実家を出る際にこのボスジャンは置いていきましたが、兄である私がバイク通勤時やツーリング時の防寒着として使用していました。生地が厚めでしっかりしているので、特に急な雨の際には何度も助けられました。長年にわたり着用してきたためやや色あせており、また古いものであることから母親からは何度も代えるように言われてきましたが、長いこと使用してきたことで愛着があり、デザインも気に入っていましたので他のものに代えようとは思いませんでした。また私は青色系が好きで、現在のバイク(ビッグスクーター)もこのボスジャンと同じような色なので、このボスジャンを着てバイクに乗るのが好きです。今後も着続けたいとは思いますが、このボスジャンも今まで頑張ってくれましたし、もし必要であれば里帰りさせてもいいと思います。

  • 確かまだクローズドキャンペーンではなくオープンキャンペーンでハガキを50枚位購入して10枚ずつ数日に分けて応募したと記憶しています。すると数週間後、家のドアの前に1つの白いBOSSのロゴマークと特賞と印刷されているダンボールの箱がぽつんと置いてありました。『こんな所に置き去りにして盗まれたらどーすんだよ!!』と思いつつも、当選した嬉しさで、そんな怒りは一瞬で消え去りました。当時の私は、あまり缶コーヒーを飲むという習慣はありませんでした。でもこのBOSSのロゴマークがヤケに気に入ってしまい、それからBOSSのコーヒーを意識して飲むようになりキャンペーンがあれば必ず応募してきました。この初代ボスジャンもMA-1タイプの型で非常にカッコイイと思い大事に着るというよりも観賞する事が多かったです。(笑) 今回、このキャンペーンを知り自分が大切にしてきた初代ボスジャンをサントリーさんで永遠に大切に保管され続けるのであれば、こんな名誉な事はないと思い応募致しました。

  • テレビ、新聞等で「初代ボスジャン探してます。」を知り応募致します。実家が4代前より酒、タバコを含め雑貨店を営んでおりましたが15年ほど前閉店し3年程前改築の為倉庫を片付けていたところ出て来まして2~3回袖を通していると思います。