SUNTORY FOUNDATION WEB ESSAYS

「悪役」国家の語り口

中村 起一郎(なかむら きいちろう)

都市出版「外交」編集長

アステイオンVol.92

『アステイオン92』
サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編、CCCメディアハウス 発行
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「悪役」国家の語り口

中村 起一郎
Kiichiro Nakamura

アステイオン

「悪役」国家の語り口

中村 起一郎 Kiichiro Nakamura

 外交専門誌を編集していると、時おり記事の内容について抗議を受けることがある。数年前にも、ある中東の国(仮にA国とする)の大使館から抗議を受けた。抗議の趣旨は、A国が越境して隣国に行った軍事行動をどのように呼ぶか(侵略、侵攻、軍事的進行など)、A国と敵対関係にある国境外の武装勢力の名称をどのように表現するか、の2点であった。

 掲載した記事の内容に訂正すべき点は特になく、雑誌としてA国からの抗議は受け入れなかったが、他方で抗議に関して詳しく話を聞くうちに、考えさせられたこともあった。特に印象に残ったのは、その抗議の根底に、主として欧米のメディアが、A国の行動の一部のみを切り取り、欧米流の価値観にしたがって悪しざまに報道されることに対して、A国内で不満が鬱積していることであった。欧米メディアの報道が間違っているわけではない。しかしそこに至る歴史的背景はもちろん、IS(いわゆる「イスラム国」)がイラクやシリアを蹂躙するなかでA国が抱えるさまざまな負担、それらを踏まえたA国の戦略を理解した上で、事実をどのように切り取るか――編集者の水準が問われるところであり、正直に言えば、A国の不満も分からないではなかった。

 同様の不満は、南米のある国(B国)の大使館から抗議を受けた際にも感じた。B国政府の非民主的な行動を批判的に分析した記事に対するものだったが、やはり根底には、南米の左派政権が米国から受けるさまざまな圧力や介入を無視して自分たちばかり批判されることへの不満を感じた。抗議ではないが、ある南部アフリカの国(C国)の独裁者の失脚について研究者にインタビューした際、その先生は宗主国である英国がC国の土地問題にきわめて不誠実な対応を繰り返してきた歴史を語り、それが欧米の報道ではほとんど伝えられていないことを指摘してこう言った。「中村さん、BBCやCNNが国際世論だと思ったら、大間違いですよ」。

 その国の苦悩を理解し寄り添うことは、外交という「相手がある」話では特に重要だと、改めて思い至った。

 しかし、寄り添ってばかりでは批判的な視点が摩耗してしまう。メディアや地域研究者の社会的役割は、私たちが抱くさまざまな誤解を解きながら、一つの物差しでは測れない地域や国家の事情――ある種の特殊性を社会に伝えること、他方で、その国の不都合を内在的に批判する視座を読者に提供し、それをできるだけ普遍的な論理と言葉で語ろうとすることであろう。しかし、言うは易く行うは難し。特に中東を特集するときはいつも思い悩む。だから、『アステイオン』92号「世界を覆う『まだら状の秩序』」の論考を、こうすればよかったのかと感心しながら(同業者としては少し悔しい気持ちで)読んだ。

 例えば、現在の中東国際政治の焦点であるイラン。イランに対するトランプ政権の振る舞いは理不尽だとしても、それだけでイランの現在の窮状を説明できるのか。

 アリー・アルフォネ「最高指導者と革命防衛隊――イランを支配しているのは誰か?」は、革命防衛隊というイラン独特の軍事組織が、革命初期において米国を通じていた国軍将校、ソ連と通じていた左派組織を排除するなかで公式化され、イラン・イラク戦争で組織的に拡大し、90年代以降は経済権力としても台頭していく一方、国内の反政府運動を弾圧して時の政権に貸しをつくることで、イラン政治の中枢に位置するようになった過程を描いている。その延長として、現在のロウハーニー政権と革命防衛隊の対立を、従来のシーア派聖職者対軍事組織の対立に加え、ハーメネイー師の後継争いの文脈で考察するのは、宗教国家イランを特殊視せず、権威主義体制における権力闘争の一形態として捉えることで、とても見通しがよい分析になっている。報道でよくみる「改革派のロウハーニー政権」対「保守派のハーメネイー師・革命防衛隊」という図式よりも、ずっとリアルだ。おそらく革命防衛隊内部にも世代や路線の対立があり、矛盾があるだろう。イラン政治を、個々の特殊イラン的な要因を踏まえた上で、普遍的な言葉で考察する手際が心地よい。

 同様の心地よさは、シャーバン・カルダシュ「戦略的自律性の追求――アラブの春の挫折とトルコ外交」にも感じた。起点となるのは、2010年末から北アフリカ・中東諸国に広がった「アラブの春」である。当時、政教分離と民主主義を実現し、安定的に政治が運営されていたトルコは、革命後のアラブ諸国の新政権がめざす「モデル国家」の感があった。カルダシュ氏は「アラブの春」を、国民が政治的転換を求める第一段階から、国家の安全保障が前面に出た第二段階へと中東秩序が大きく変容するなかで、それに対応したトルコ外交の展開を読み解く。

 「周辺国とのゼロ・プロブレム」構想にみられるように、リベラルな地域秩序の構築をめざしていた与党・公正発展党(AKP)は、「アラブの春」の第一段階において、各国の民主化と新政権による安定的な統治体制の確立を後押しすることに積極的であった。しかし、シリア内戦長期化やISの台頭など、宗派主義や民族テロで地域が過激化・軍事化していく第二段階になると、トルコは自国の防衛を優先させざるを得ない状況となっていく。AKPは、国境を封鎖し交流を避ける孤立主義ではなく、流動的な周辺の状況に積極的に関与することで、地域秩序の変容に対応しようとした。その結果、2015年以降、シリアやイラクにおけるISおよびトルコ政府がテロ組織と認定する武装組織「クルド労働者党(PKK)」の脅威を除去することを目的に、越境軍事行動を積極的にしかけるようになり、同時にロシアやイランとの関係を重視する外交的連携のリバランスも進めていった。この間の展開は、地域の特殊事情への対応でありながら、パワーポリティクス的には標準的な行動であり、トルコ外交が一貫して自律性を追求しつつ、その内実が大きく変わったことを、門外漢にも分かりやすく伝えてくれる。

 言及できなかった論考も含め、国や地域の複雑かつ流動的なありようをどのように捉えるか、刺激的な特集だと思う。さらに刺激的なのは、「まだら状の秩序」という捉え方だ。「秩序」といえば、社会を構成する要素がバランスよく結びついて、安定的に調和している状態を浮かべる。しかしそのあり方は一様ではなく、国内外、地域内外のアクター間の相互作用の中で変容し、きわめて多様かつ重層的である。それをある種の「秩序」として捉え直そうとする編者の直球の問題提起を、どのようにキャッチするか(あるいは打ち返すか)。編集者としては、今後の誌面で示すしかない。

中村 起一郎(なかむら きいちろう)

都市出版「外交」編集長

アステイオンVol.92

『アステイオン92』
サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編、CCCメディアハウス 発行
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