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「リベラルな国際秩序」論の盲点を突く

赤阪 清隆(あかさか きよたか)

公益財団法人フォーリン・プレスセンター理事長

アステイオンVol.92

『アステイオン92』
サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編、CCCメディアハウス 発行
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「リベラルな国際秩序」論の盲点を突く

赤阪 清隆
Kiyotaka Akasaka

アステイオン

「リベラルな国際秩序」論の盲点を突く

赤阪 清隆 Kiyotaka Akasaka

 ますます不確実となりつつある現在の世界秩序を、「リベラルな国際秩序の終焉」、「グローバリゼーションの終わり」、あるいは「米中新冷戦」などと呼ぶことの是非について世界の識者が議論を展開している時に、池内恵氏が、「まだら状の秩序」と呼ぶことにしたのは、言い得て妙である。特に、これまでの議論でともすれば焦点が当てられてこなかった中東、南コーカサス、北欧といった地域に、これからの世界の変化の片鱗を見出そうとする『アステイオン』92号特集の狙いは、堂々巡りに陥ったかに見える世界秩序の議論の盲点を突いていて、さわやかな新風を吹き込むものと言える。

 世界が不確実性を深めてきた主な要因は、グローバルな指導力に翳りの見える米国の相対的な力の低下と中国の急激な台頭であったが、それでも、戦後の世界で築されてきたリベラルな国際秩序は、最近までなお維持修復可能な秩序と見なされてきた。それが、「アメリカ・ファースト」のもと、マルチの国際秩序を尊重せず、ユネスコ、世界貿易機関(WTO)、世界保健機関(WHO)などグローバル・ガバナンスを支える数々の国際機関に背を向けるトランプ米政権、既存の国際法やルールを無視して独自路線を突き進もうとする中国、移民の急激な流入のもとで非リベラルな加盟国を数多く抱えるに至った欧州連合(EU)などが、このようなリベラルな国際秩序を次々と侵食するに至った。そして、そこに、国境を越える人の移動に突如ストップをかける新型コロナ危機が世界各国を襲い、グローバルなガバナンス体制と指導者の不在もあって、世界は秩序だった国際協力ではなく、各国それぞれが勝手自在な対応に追われる混乱した状態となるに至っている。

 「南コーカサスにおける非民主的な「安定」」(廣瀬陽子)は、アゼルバイジャン、アルメニア、およびジョージア三国における多様で、非民主主義的な価値を含む秩序の混在状況を伝えている。これらの国は、互いに異なる信仰や文化、言語を持ちつつ、歴史的な秩序や統治システムを築いてきた。民主主義・自由主義という欧米の価値が必ずしも共有されてはおらず、政治的な安定を尊ぶがゆえに、権威主義や旧ソ連型システムを良しとする人々が少なくないという事実は、ソ連崩壊後世界が一元的にリベラルな民主主義に向かうと見た歴史観に痛烈な冷や水をかけるものである。

 「権威主義への曲がり角?-反グローバリゼーションに揺れるEU」(岩間陽子)も、コロナ危機以前から静かに進行していた反グローバリゼーションの波を、ハンガリー及びポーランドで頭角を現したポピュリスト政党による「非リベラルな民主主義」に観取している。両国はEU加盟国でありながら、難民の受け入れ問題や司法制度改革などで非リベラルな政策をとってEUと対立している。また、非リベラルな民主主義は、旧共産圏にとどまらず、オーストリアや、イタリアなどの西側諸国にも広がりつつあり、市民権を得つつある。さらに、コロナ危機によって、国家がカムバックを果たし、EUはほとんど存在感がない。このような欧州統合の頓挫と経済危機は、グローバリゼーションの危機であり、権威主義に傾斜する国が増えることを警戒すべきと、岩間氏は警鐘を鳴らす。

 確かに、EU拡大こそ、モノ、ヒト、サービス、カネが加速度的に国境をまたぐグローバリゼーションの象徴的な事象であった。岩間氏が伝える反グローバリゼーションの大波にさらされ、ナショナルな歴史観と強い排外主義に見舞われているEUの姿は、共通の普遍的な価値観とガバナンス体制の整備によってグローバルな秩序を構築しようとする国際的な試みが現在直面している危機的状況を如実に映し出すものである。

 「習近平の社会思想学習」(近藤大介)は、中国式社会主義市場経済というチャイナ・モデルが21世紀の人類の新たな国家統治システムの規範になるという「仮説」が、新型コロナウイルス騒動によって分が悪くなってきているという。しかし、その後、コロナ危機を迅速に抑え込むことに成功した中国は、その権威主義的ではあるが効果的な素早い対応を自画自賛する状況に変化している。それでも、果たして中国がこのコロナ危機を経て「勝者」となり、前述の「仮説」が立証されたと言える状況になるのかどうかは、目下の米国その他の激しい中国批判もあって、まだ予断を許さない。コロナ危機の残した歴史的教訓については、号を改めて識者の意見を聞いてみたいと思う。

 最後に、現在の世界が「まだら状の秩序」なのは、国連やその他の国際機関などを含むグローバルなガバナンス体制への信頼が揺らいでいることにも一因がある。これは多国間主義を軽視するトランプ政権のみならず、あえて火中の栗を拾おうとしない日本を含む他の国々にも大きな責任がある。最近のWTOやWHOをめぐる状況は風雲急を告げており、本誌が今後この問題の核心を突く議論を触発することを期待したい。(了)

赤阪 清隆(あかさか きよたか)

公益財団法人フォーリン・プレスセンター理事長

アステイオンVol.92

『アステイオン92』
サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編、CCCメディアハウス 発行
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