SUNTORY FOUNDATION WEB ESSAYS

加速する世界とアイボールの憂鬱

神谷 竜介(かみや りゅうすけ)

千倉書房編集部長

アステイオンVol.91

『アステイオン91』
サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編、CCCメディアハウス 発行
※書影をクリックするとAmazonサイトにジャンプします

アステイオンWebサイトにて目次をご覧いただくことができます。

加速する世界とアイボールの憂鬱

神谷 竜介
Ryusuke Kamiya

アステイオン

加速する世界とアイボールの憂鬱

神谷 竜介 Ryusuke Kamiya

 編集を生業にしていると、担当書籍が読者にどう受け入れられるか常に気にかかる。そこにはふたつの含意があり、著者の趣旨や想いを正しく、より効果的に読者に届けるための語彙、修辞、行論を提案・選択できているか、がその第一である。
 もうひとつは商品設計である。書籍として多くの読者を獲得するためには、優れた内容だからといって手に取りやすさ、読みやすさを勘案しないわけにはいかない。かつて筆者は、スポーツ医学の専門家と共に、性別や世代ごとの動体視力や首を動かさず眼球(アイボール)の往復だけで無理なく文字を追える上下左右の距離を調べ、書籍の判型と読書のスタイル・シチュエーションごとに、眼精疲労を低減させるための版面を作り込んだことがあり、今もそのデータを元に書籍を設計している。
 そんな筆者が100年後の日本に思いをめぐらして感じるのはアイボールの限界と書籍の未来への諦念である。世界をめぐる情報の流通量が飛躍的に増大していることは周知の通りだが、データサーバ、通信インフラ、各種デバイスの技術革新によってハードウェア側のボトルネック(速度低下要因)は急速に解消されつつある。未だ地域較差は残るものの、情報処理が追いつかずデバイスがスタックしたり、通信環境の不良によってトラフィックが遅延したりという事態は過去のことになりつつある。一般的ネットワーク回線のトラフィックは、人間の全感覚が受け取っている情報量にBPS(Bit per Second)で迫り、逆転する勢いである。
 ここ30年の技術革新は驚くべきものだが、今後もそのスピードは加速することはあっても減速することはない。iPhoneや電子マネーが例証するように、近年の商品やサービスの開発は、具体的なニーズ以上に技術が可能にすることそのものに引きずられがちである。いま現在、必要性が顕在化していなくても、ひとたび商品化されれば世界はそれを取り込んで動き出す。
 ハードウェア側で解消されたボトルネックは次第に人間の側に接近し、両者を仲介するソフトウェアはAIの発達と相まって否応なくそれを加速させる。次なるボトルネックが、人間が外界から取り入れる情報の80%以上を担うアイボールなどの感覚器官、そして情報を伝達する神経系になってくることは想像に難くない。増大し続けるデータを取り込むインターフェースとしてアイボールの性能は不十分であり、生物学上の制約を突破するにはネットワーク・無線を通じ、すでに人間の外皮まで到達している情報を、ダイレクトに脳に届けるインターフェースが必要になる。これは人類に物理的加速(馬、自動車、航空機)を越えた生理的加速をもたらす技術である。
 今後100年、大脳生理学やバイオメカニクスは電子機械工学と結びつき、この問題の解決に注力することになるだろう。日本人はそうした空想を、1980年代中盤からウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』(早川書房)3部作、90年代に入ると士郎正宗の『攻殻機動隊』(講談社)、内田美奈子の『BOOM TOWN』(竹書房)、そしてキアヌ・リーブスの主演で大ヒットした映画『マトリックス』などが提示する具体的イメージと共に受け入れてきた。現在、川原礫の『ソードアート・オンライン』(KADOKAWA)シリーズが挑戦している、専用ヘッドギアによる完全没入型オンラインRPGを切り口にした、人間の世界認識拡張の物語は、これらの技術が医療や軍事などの分野と強い親和性を持つことを示唆しており、100年の行く末を想像する上できわめて興味深い。
 ここで編集者たる筆者は、不本意ながら本題に立ち返らなければならない。生理的加速が人間のメンタリティを変革し、何より効率が価値を主張する世界で、書籍を読む行為にどのような意味が付されるだろう。いま筆者の手元に名刺よりひと回り小さく、厚さ10ミリほどのカードケース様の物体がある。その外部記憶装置には、30年近い編集者人生で手がけてきた100冊以上の書籍すべての、本文、デザインのデータが収まっている。大部の専門書といえどもデジタルデータのサイズなどその程度で、脳に直接情報を取り込むインターフェースが完成されれば、テキストのコピーに要する時間はマイクロ秒で済む。そのとき「本の持ち重り」や「フォントの読みやすさ」を思い返す人間はいない。デジタルネイティブならば、そのこと自体を知らない。
 書籍を読むことは思考することに等しく、ディスプレイに並ぶ文字列を追ったところで、それは読書とは自ずと異なる、という愛書家たちの高説に心情的には与したいが、科学技術の奔流はそう甘くない。100年後の日本でも書籍が生き延びていることは断言できる。しかし書籍をアイボールで読むことは、ほぼ無意味な趣味的行為となり、出版が産業として存続することは難しいはずだ。本稿も、紙媒体の雑誌『アステイオン91』の企画「可能性としての未来――100年後の日本」のスピンオフだが、掲載はウェブ版とのこと。なにやら暗示的である。

神谷 竜介(かみや りゅうすけ)

千倉書房編集部長

アステイオンVol.91

『アステイオン91』
サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編、CCCメディアハウス 発行
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