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チャップリンと歌舞伎の<再会>

松本幸四郎丈扮する「蝙蝠の安さん」
提供:国立劇場

大野 裕之(おおの ひろゆき)

日本チャップリン協会会長、脚本家
第37回(2015年度)サントリー学芸賞受賞
『チャップリンとヒトラー —— メディアとイメージの世界大戦』(岩波書店)
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チャップリンと歌舞伎の<再会>

大野 裕之
Hiroyuki Ono

サントリー学芸賞

チャップリンと歌舞伎の<再会>

大野 裕之 Hiroyuki Ono

 2019年12月4日から26日まで、国立劇場にて松本幸四郎主演の歌舞伎作品『蝙蝠(こうもり)(やす)さん』が上演された。喜劇王チャールズ・チャップリンの名作『街の灯』(1931年)の歌舞伎版だ。歌舞伎界では、『風の谷のナウシカ』など異色の新作が相次いでいるが、本作は新作ではなく88年ぶりの再演となる。実は、映画の日本公開(1934年)に先立って、ハリウッドでのワールド・プレミア上映のわずか半年後の1931年8月に、作家の木村錦花が脚色し、13代目守田勘弥主演で、歌舞伎座にて『蝙蝠の安さん』として上演されていたのだ。

「チャップリン」

©Roy Export SAS

 木村は、すでに海外で『街の灯』を見ていた15代目市村羽左衛門らからストーリーを詳しく聞き、映画雑誌の筋書きを参考に歌舞伎版を仕立てた。舞台を江戸時代の両国に移し、冒頭の記念碑の除幕式の場面は大仏の開眼供養の場面に、キャバレーは「上絵屋奥座敷」での芸者遊びに、ボクシングは賭け相撲にするなど、原作を忠実に翻案している。

「蝙蝠の安さん」

提供:国立劇場

 「蝙蝠の安さん」とは、有名な歌舞伎作品である『与話情浮名横櫛』に登場する蝙蝠安のことだ。蝙蝠安を主人公に据えたことが、木村の最大の発明ではないだろうか。彼は、(仮名垣魯文が『ハムレット』を、浄瑠璃「葉武列土倭錦絵叢丸(はむれっとやまとのにしきえ)」に翻案したように)外国名にそれらしい日本名をつけたりせず、歌舞伎で馴染みのキャラを引用した。単に翻案したのではなく、日本文化の深い層において受容したわけだ。
 日本人がチャップリンを愛したように、チャップリンも日本が好きだった。秘書の高野虎市を通して日本文化に興味を持ち、来日する度に美術館で浮世絵を楽しみ、歌舞伎に代表される伝統芸能を愛でた。北斎や写楽について日本人よりも詳しく、歌舞伎座で忠臣蔵を見る前には、まわりにストーリーの説明をしていたほどだった。7代目松本幸四郎や初代中村吉右衛門、6代目尾上菊五郎らの演技に感嘆し、歌舞伎役者が大成するのに何十年もかかると聞いて、自身も5歳で初舞台を踏んだチャップリンは大いに共感した。(それにしても、7代目幸四郎と2代目猿之助の「連獅子」を見て、「踊りは幸四郎の方がうまい。猿之助は意気があり、すこしアクロバティック」「日本の踊りのいいところは腰から上のポーズだ」と看破した喜劇王の観察力には驚かされる。)いわば、『蝙蝠の安さん』はチャップリンと歌舞伎との相思相愛の賜物だった。

 それから数十年経って——。
 21世紀になったばかりのある日、私は、松本幸四郎丈(当時は市川染五郎丈)が新聞で「戦前は『街の灯』が歌舞伎になっていました」と発言されているのを読んで驚き、当時の文献を調べてアメリカの書物に英語論文を寄稿した。それを読んだチャップリンの次女ジョゼフィンが、「父は歌舞伎が大好きでした。再演が実現したらきっと喜ぶでしょう」と言ってくれた。すぐさま幸四郎丈にお手紙を書き、『蝙蝠の安さん』再演プロジェクトは始まった。チャップリン家が『街の灯』のリメイクを許可したのは世界で初めてのことだった。
 その後、2007年に、幸四郎丈とチャップリンの孫チャーリー・シストヴァリスと私とでチャップリンについてのシンポジウムを京都で開催したり、私が監修したNHKのチャップリン特集番組に幸四郎丈に出演いただいたりするなどことあるごとに再演の実現を訴えた。
 結果的には、それから実現まで15年に及ぶ紆余曲折を経ることになり、20代だった私は45歳になったわけだが、今となってはその16年間は必要な時間だったとしか思えない。個人的には、その間、研究者としては第37回サントリー学芸賞をいただいた『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』など4冊の単著をまとめ、映画では京都の時代劇の撮影所を舞台にした作品『太秦ライムライト』の脚本とプロデューサーを担当し、舞台では『音楽劇 ライムライト』で映画『ライムライト』の世界初の舞台化に脚本として携わった。本稿の編集の方から、様々なプロジェクトを並行して取り組みながら実現に至った「ご苦労も含めて」書いてくださいと言われたのだが、多くの方々のおかげで楽しく活動させていただいたので「苦労話」が書けず、逆に苦労している。ただ一つ言えるのは、映画・舞台の実践と研究の相乗効果は車の両輪となって、それぞれのプロジェクトを前に進めてくれた、ということだ。そうして、満を持して喜劇王生誕130年の昨年に実現したのはやはり運命だったのだろう。
 台本は当時のものをテンポアップさせ、チャップリン家からの意見も取り入れて、完全にチャップリンであり、最高の歌舞伎作品となった。衣裳とメイクは初演を踏襲せず、今回のために幸四郎丈が考え抜いたものだ。モノクロの衣裳に一輪の花の色彩は、まさに冷たい現実に咲くチャップリンの愛の温もりを感じさせる。浮浪者キャラである蝙蝠安を、当代の二枚目俳優幸四郎丈が白塗りで演じる、そのことが「放浪者」にして「紳士」であるチャップリンの多面性を見事に表現している。
 さる12月11日、チャップリンの四男ユージーンが来日し、『蝙蝠の安さん』を観劇した。チャップリンの大ファンである幸四郎丈が演じる「安さん」を、ユージーンは心底楽しんで観ていた。ユージーンは観劇後、西洋の映画から日本の伝統芸能へとスムーズに翻案されていたこと、まったく異なった表現形態にもかかわらずチャップリンの本質が失われていなかったこと、廻り舞台などを使った演出の巧みさなどについて賞賛し、幸四郎さんには「そこに父がいました」と最大限の賛辞を送った。
 初演から88年の歳月を経て、喜劇王がその舞台を愛でた7代目松本幸四郎と初代中村吉右衛門の曾孫である当代幸四郎丈が安さんを演じ、それを喜劇王の息子が絶賛する———これを奇蹟と呼ばずしてなんといえばいいのだろう。
 『蝙蝠の安さん』を通して、日本の伝統芸能にまで翻案されるチャップリンの普遍性を思い知り、歌舞伎が本来持っているフットワークの軽さに驚く。翻って、現代に生きる私たちは、海外からの多様な文化に触れながらそれを私たちの血や肉にできているだろうか。時代を超えて愛され続けるチャップリンと歌舞伎が再会した瞬間を目の当たりにして、改めてグローバルな文化・社会とは何かを問われた気持ちにもなった。

(タイトル画像より)
松本幸四郎丈扮する「蝙蝠の安さん」
提供:国立劇場

大野 裕之(おおの ひろゆき)

日本チャップリン協会会長、脚本家
第37回(2015年度)サントリー学芸賞受賞
『チャップリンとヒトラー —— メディアとイメージの世界大戦』(岩波書店)
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