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サントリー地域文化賞 | 地域文化を考える/インタビュー

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文化も経済も長い時間をかけて

竹内 宏氏

Hiroshi Takeuchi

長銀総合研究所理事長

[プロフィール]
サントリー地域文化賞選考委員。
1930年静岡県生まれ。東京大学経済学部卒業後、日本長期信用銀行に入行。同行専務取締役を経て現職。著書は、ベストセラーの『路地裏の経済学』ほか多数。

「地域文化ニュース」第17号(1998年7月)掲載

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――今日は、長年地域から日本経済をご覧になっている竹内宏先生にお話を伺います。先生が御覧になって、文化と経済の関係がうまくいっている地域というのはどういうところでしょうか。


  文化都市の条件

竹内 それは東京だと思いますね。本当の意味で文化で儲けているのは東京です。その理由は、首都圏に3000万の人口があるからなんです。そのうち、変わり者が1パーセントいれば30万人になるから、東京ではかなりマニアックなものにも人が集まります。文化として認められるわけです。そうすると、ますますいろんなものが集まってきて、次第に最高級、最先端の文化が日本中、世界中から集まってくるようになった。レベルが高くなればなるほどマーケットも拡大するから、文化が経済的に成り立つようになるんです。その面で、文化を支えるのはまず人口だと言えるでしょうね。
 次には、文化を支えるには遊び人が必要なんです。遊び人が一番多いのは金沢でしょうね。金沢には大企業はあまりないが、中小企業の社長が多くて、彼らは6時頃に仕事を終えると三味線をひいたり太鼓をたたいたりしているんです。地元の遊び人の芸のレベルが高いから、金沢のプロの芸は東京なんかに比べて数段上ですよ。遊び人が多いところというのは、伝統文化がよく残っているし、新しい文化も育つ。金沢には日本で初めてのプロの室内管弦楽団があるし、情報工学の分野でも優れた人が集まり始めている。
 文化というのは、もともと怪しげなものですからね。変り者とか遊び人とか、あるいは権力者といった人が、なんだか訳の分からないものに惹かれて、馬鹿ばかしいぐらいの金やエネルギーの使い方をしなければ育たない。室町文化なんて、無駄の限りを尽くしていると思いますよ。

  辛抱が肝心

――文化というのは、お金のかかるものなんですね。


竹内 それと、時間ですね。たとえばトライアスロンで有名な宮古島は、もともとなんにもないところです。山がなくてまったいらで、人通りもないからトライアスロンには適している。特別な競技施設もないんです。だけど、日本中から集まってきた選手のレベルがすごかったから、競技の迫力に圧倒されてさらに何倍もの人が集まって来るようになった。選手やら応援する人やらボランティアの人たちやらが大勢集まり、一種のコミュニティができたのです。
 大事なのは、こういう同じ文化を共有するコミュニティだと思いますね。文化のレベルが高ければ、自然に人が集まってきてコミュニティができる。その中で研鑽を続けることで、さらにレベルが上がり、より多くの人が集まって来る。その上に、やっと経済が乗っかるようになるものなんです。そこまでにはずいぶん時間がかかる。
 文化には辛抱がいるんです。辛抱しながら練習を積み重ね、レベルをあげていくものなんです。レベルが高ければ人が集まってくるし、苦労してやっている姿を見れば、サポートしてやろうという人も出てくる。苦労せずにひとりでに出てきたような文化は、すぐに廃れてしまいますよ。

  文化と経済

――どこかの地域文化活動が思わぬ経済効果をあげたりすると、経済効果だけを狙って安易に真似をするところが出てきます。でも、そういうのは、儲からない上に、文化活動としてもあまりうまくいっていないようですね。


竹内 文化で儲けようなんていう卑しいことを考えてはいけません。金のことなど考えずに、一生懸命やっていたら、レベルが上がり、素晴らしいから金を出してでも参加したいという人が増えてきて、やっと採算が合うようになる。そういうのが本当なんです。

――文化遺産や伝統文化をいかした観光で、外から人を集めようとしている地域が増えていますが、こういうのは如何ですか。


竹内 観光地というのは、全国から集まってくるお客から、マーケットの動きを知ることができるという利点があります。だけど、なかなかそれをいかせていない。たとえば、スキー場に来る人は、服やスキー道具なんかはみんな東京で買って来て、昼は安いカレーを食って、土産も買わずにさっさと帰っちゃう。たいていの観光地はこれといっしょで、客はゴミと東京文化を落としていくだけで、たいした金を落としていないですよ。
 なぜかといいますとね、それは周りの産業がちゃんと育っていないからです。京都や金沢のような街は、衣食住の様々な産業が、下請けから何からフルセットで揃っているから、観光客に地元の産物を売る力をもっている。だから、清水や九谷の高い茶碗を、観光客は喜んで買っていくんです。それでは、京都や金沢がほかの観光地と違うのはなぜかというと、文化都市で遊び人がたくさんいたからなんです。彼らは、遊びの道具やら日常生活のいろんなものにどんどん金を使った。それで焼き物や織物、外食産業が育った。
 人が集まり、富や技術が集積されて1つの製造業がちゃんと育つのにも、150年から200年くらいの時間がかかるのです。調べてみると、全国の主な金属工業会社のほとんどが、元は京都の仏具屋なんです。さらに、茶碗を高温度で焼く技術をいかして、京都からセラミックスが生まれた。その意味では、古い文化の中から新しい文化を生み出す力というのも非常に重要です。京都が、近年まで常に日本の製造業の中心的存在でありつづけ、ノーベル賞受賞者を何人も送り出しているというのも、文化都市としての長い歴史と、新しい文化を生みだす力によるものなんでしょう。

――ありがとうございました。今日は本当に勉強になりました。

(所属・肩書きはインタヴュー掲載時のもの)

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