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啓蒙の終焉?

アレクサンダー・スティル

(コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授、ジャーナリスト)

トランプの当選後に多くの人々が発した問いは、選挙戦でわれわれが目にしたのが、本物のトランプなのか、それともこれはTVのリアリティ番組のスターであるトランプがやっている、受け狙いの演技にすぎないのかということだった。一部の保守派は、リベラルなマスコミには、単にトランプのことが理解できていないと主張した。「マスコミはいつもトランプの発言を言葉通り受け取るが、彼のことを真に受けたことがない、、、、、、、、、、。トランプに投票した多くの有権者は、トランプを真に受けているが、、、、、、、、言葉通りには受、、、、、、、、け取っていない、、、、、、、」と言ったのは、ハイテク投資家の億万長者のピーター・ティールである。ティールが言おうとしたのは、メキシコ国境に壁を作るとか、ムスリム移民を禁ずるとかといったトランプの挑発的言動は、実際の具体的意図というより強い移民政策を採ることを示す比喩として理解されるべきだということだ。また、ひとたび大統領職に就けば、トランプも成熟し自分の政治的支持基盤を拡大するために、政策面でも穏健になるのではないかと考える向きもあった。

しかしトランプが実際に権力を握ると、大統領候補者としてのトランプと大統領としてのトランプの差は非常に小さくて、不安で、衝動的で、未熟で、無知で、自己陶酔的な見かけ通りの人物だということが明らかになった。選挙目的だとして真に受けなかった人もいた挑発的言動は、実際の政策的提案だったのである。彼は実際早々に件のムスリム移民の禁止を宣言したが、それはあまりにも拙速で出来の悪い政策だったので、結局法廷が差別的だとして無効にしてしまった。その後彼はムスリム圏のいくつかの国からの移民を禁じ、これをテロ対策として修正した形で提起した。彼は10年間にわたる、非常に富裕な階層に有利な18億ドルの減税案を通した。収入が5万ドルから7万5,000ドルの中所得層の家庭の減税額は短期的に870ドルに過ぎないのに、100万ドル収入がある人は平均で6万9,660ドルの減税を受けることになった。中所得層が受けるこんなささやかな利益のために、アメリカの納税者全体は18兆ドルの財政赤字が残されることになる。一方トランプは、アメリカの老朽化している道路や橋を改善し、非熟練労働者の雇用を相当増やすはずだった、公約したインフラ関連の法案はまったく提出しようとしなかった。トランプはオバマケアを廃棄しようとして結局のところそれに失敗したものの、代替案を提案することはなかった。むしろ現状の保健システムが弱体化しつつあるので、医療保険でカバーされていないアメリカ人の数は、数百万人増加した。そしてトランプは、貿易戦争を開始したが、その相手は中国だけではなく、長年の同盟国も標的にし、輸出市場を失ったアメリカの農家の所得補塡に、納税者のカネを何十億ドルも使わなくてはならなくなった。大幅な減税で裨益した大企業は、余ったカネで雇用を増やそうとはせず、株価を引き上げようとして株主への配当に使ったり自社株を買ったり、経営陣のストックオプションのために使った。アメリカの労働者階級に約束されたはずの経済的ポピュリズムは、実行されなかったのである。

アメリカの制度で大統領権限が非常に強い外交政策では、トランプは始末に負えない駄々子のように振る舞った。地球温暖化に対処するパリ合意からの脱退を早々に果たし、イランの核開発計画を制限する国際合意からも離脱した。NATOからの脱退すらほのめかし、ヨーロッパ諸国やカナダなどアメリカの主要同盟国と貿易紛争を起こし、それはしばしば大っぴらな個人的軋轢を伴うものだった。彼はむしろプーチンやトルコのエルドガンから北朝鮮の金正恩のような独裁者たちとの関係の方がずっとしっくりきたようである。北朝鮮には「炎と怒り」で当初は脅したものの、ほどなく独裁者の金正恩と「恋に落ち」、朝鮮半島の非核化について合意したと言い張ったが、それが単なる大風呂敷にすぎないことが露呈した。一方イランとは戦争の瀬戸際まで行った。そしてトランプは、金正恩からエジプトのアルシシ、ウラディーミル・プーチン、サウジアラビアのモハメド・ビン・サルマン皇太子、そして中国の習近平主席にいたるまでの世界でもっとも凶暴な独裁者の多くを賞賛する一方で、われわれの民主的な同盟国のほとんどを怒らせるか疎外するかした。

ほとんど危機的な水準まで、トランプはアメリカにおける法の支配と独立した諸制度を、弱体化させた。彼は2016年の大統領選中のトランプ陣営とロシア政府の関係の捜査を止めないとしたFBI長官を解任した。「ワシントンのヘドロを一掃する」というスローガンにもかかわらず、トランプは無数のロビイストを、彼らが報酬を受けて利益を増進しようとしている産業を規制するポストに任命した。彼は自分に反対する判断を下した裁判官を攻撃し、証拠もないまま2016年の選挙では何百万人もの移民が不法に投票をしたと言い張った。公式の勧告を無視する形で2020年にG7サミットの開催地としてフロリダの自分のゴルフ・リゾートと契約したが、このホテル・リゾートは財政難にあえいでいる。またトランプは、ウクライナの新大統領に自分の政敵である、民主党のジョー・バイデン候補に不利な証拠を出すよう強く迫ったことが知られているが、これは極めて深刻な規則違反であり、議会下院は弾劾決議を可決したくらいである。だがトランプの反応は、自分に不利な証言をした人々を、次から次へと解任するというものだった。

トランプの行動は穏健化するというよりも、あらゆる面で「倍返し」的様相を帯び、一層極端なものになった。ワシントン・ポストが記録したところでは、これを書いている2020年7月までに2万を越える誤りもしくは誤解を招く発言をしている。政権最初の年には、トランプは1日につき5件の噓をついたが、2、3年目になるとそれが1日12件になり、4年目にはこれまでのところの平均は、23件に上っている。

トランプ時代の一つの明白な教訓は、確立した民主主義国も、「非民主化」することが十分にあり得るということである。1990年代と2000年代にイタリアのシルビオ・ベルルスコーニの時代には、重大な利益相反、縁故主義、独立機関への干渉、そして噓が始終繰り返されたのが特徴だったが、以前それについて書いていたときには、「こんなことはアメリカでは起こらないはずだ」としばしば言ったものである。実のところ、われわれが学んだことは、アメリカの民主主義の主要な特徴の多くが、法律や明確な規則というよりも、むしろ社会で受容されている非公式の規範に依存していることである。伝統的に政治から隔離されてきた全米的な制度、例えばFBIや連邦準備制度やアメリカ疾病予防管理センター(CDC)、国務省、統計局、そして郵便制度ですら、トランプの政治的意思によって侵害され、ゆがめられ、トランプに従わないものは解雇された。同時に、トランプは自身のビジネス上の利害をあきらめることはなく、むしろ大っぴらにそれを追求したくらいで、外国の指導者や企業関係者は訪問の際には当たり前のようにトランプのホテルに宿泊して、そのたびに何十万ドルもの金が大統領のポケットに入っている。トランプは自分の納税記録を公開するという、しばしば行った約束を反故にしてきたため、結果、我々は彼が下した公的あるいは事業上の決定によってどれくらい利益を得ているのか、大統領として常に対応している外国にどれくらいの負債があるのか、こういったことすら一切わからない。アメリカ合衆国は、語弊はあるが「バナナ共和国」と呼びならわされる一部南米諸国に似てきたようだ。つまり時の強権的指導者が、自分の利益のために政府のルールを勝手に書き換えて居座る国である。もはやアメリカ合衆国がこのように「非民主化」することについて語ることも、空想的とも言い切れなくなったようだ。

やや不思議だが、トランプは自分への支持を強めそうな有権者グループの支持を得ようという努力を、ほとんどといってよいほどしてこなかった。独立派、共和党穏健派、トランプには投票しなかったものの共和党の候補者でもよいと思っている民主党保守派といった集団である。むしろ彼は一層社会を分極化させるような戦略をとり、シャーロットヴィルでデモ行進をし、黒人指導者に言いがかりをつけ、移民を攻撃し、1861~65年の南北戦争の際に分離独立を試みた奴隷州を守ろうとした白人至上主義者を擁護した。

トランプには自分の支持に有利な非常に力強い要因があった。それは強靭な回復の途上にあった例外的に好調な経済を引き継いだことだ。共和党はいかなる経済刺激策にも非常に強い反対をしていたが、オバマ大統領は失業率を10%から4.8%にまで引き下げることに成功していた。この傾向はトランプ時代の最初の3年も続き、失業率は誰もがうらやむ3.5%にまで達した。これによってトランプは半ば自動的に信頼を得ることができ、トランプ支持者は大統領の明らかな失敗や欠陥を無視することになったのである。多くの人々が、あけすけにこう言ったものである。「トランプの物腰やツイッターでの発言は好きではないが、経済に関してはとてもよくやっているではないか」。アメリカ人の過半数がトランプを全般的に支持しなかったが、彼の経済政策については支持したのである。というわけで、2020年の2月には、トランプの大統領としての支持率は、44.4%に過ぎず51%が不支持だったが、経済政策に関しては63%が支持を表明したのである。現職大統領にとっては経済が重要であることを受けて、ブックメーカーの間ではトランプ再選の確率が5割以上と評価されていた。

こういう状態でコロナ危機が起こった。率直に言って先進諸国の指導者の中で、危機対応に失敗し悲惨な結果を招いた点でトランプに匹敵する例を探すのは難しいだろう。彼は最初、これは単なるありきたりの風邪であって大した危険はなく簡単に収まると片付けた。そのため、重大危機への対策が出来たはずのほぼ2カ月を浪費した。もちろん他の諸国もコロナウイルスの影響を過小評価し、準備をまったく欠いたまま危機に突入したので、3月段階ではイタリアやイギリスの方がアメリカよりも事態は深刻だった。しかしこういった国々の指導者は当初の失敗から立ち直り、社会的距離をとる政策にエネルギーを傾注して感染率を引き下げ、夏までには経済活動を再開するところまでこぎ着けた。トランプもわずかの期間これを試み、この危機を真剣に捉えたかに見えた。自分を「戦時の大統領」だと宣言して支持率も上昇したが、すぐに関心を失って感染率を下げることよりも経済状態の方を心配し始めた。あらゆる科学者の意見を事実上無視して、「リベラルなミシガン」「リベラルなミネソタ」など、さまざまな州の経済活動を再開するよう促した。それは、2016年の大統領選勝利を再現するかもしれないような、都市封鎖に反対するポピュリスト的運動を作り出すことを期待してのことだった。このことは、連邦レベルでの集権的なウイルス対策が皆無だったこともあいまってまったくもって破滅的逆効果を生み、ウイルスは多くの州──トランプの命令に従った共和党の知事に率いられたほとんどの共和党州にも──に広がった。このようにして、アメリカは世界の人口の4%を占めるに過ぎないのに、ほどなくコロナウイルスの新規感染者数でも死者数でも、世界の4分の1を占めるまでに至った。7月の終わりには、アメリカでは1日の感染者数が6万に達したのに対して、危機の初期段階では一層厳しい状態だったイタリアでは1日の新規感染者は200にまで低下して、社会活動を再開できた。トランプが自分の地位を守っていると思っていた経済状態は一気に悪化し、2,200万人が失業し、1930年代の大恐慌以来の最悪の景気後退が起こった。今やトランプの感染症対応を支持しないアメリカ人は60%に達しているだけではなく、経済政策でも過半数が不支持に回り、トランプ再選を求める理由を著しく弱めてしまった。

この危機でトランプにとってもっとも破滅的だったのは、トランプの最も唾棄すべき性格であるうぬぼれや誇張する傾向、虚言癖、失敗を認めようとしないこと、極度の傲慢と専門家蔑視、そして人間的な共感の欠如といったものが、もはや純然たる個人的な欠点として済まされるものではなく、公共政策の原動力となってわれわれの眼前で破滅的な結果を生み、20万人ものアメリカ人の人命が失われ、アメリカ経済を破綻させ、社会組織を引き裂いたことかもしれない。

コロナ危機の最中に、ジョージ・フロイドが警察によって殺害される事件が起こり、またしても丸腰の黒人男性が警察に虐待されたことをきっかけに全米的な抗議活動が爆発した。国民が癒やしと団結の言葉やジェスチャーを待ち望んでいるのに、トランプは抗議する人々を批判し、彼らの不満の正当性を否定して世論の雰囲気を読み誤った。再び、共感力に欠け謙虚に謝罪せず、頑固に誤りを認めず、自分と意見を異にする人々に手を差し伸べようとしないトランプの自己中心的な特徴によって、トランプはこういう危機に対応するのに特異なまでに不適当な人物となった。トランプが聖書を手にする様子を撮影しようとホワイトハウス近くの教会に歩いて行こうとしたところ、政権側は催涙ガスを使ってデモ隊を追い散らしたが、これこそトランプ政権を象徴する瞬間だった。強力なキリスト教信者の大統領として、法と秩序が回復していると見せかけようとするのはトランプのいつもの振る舞いだが、緊張を高め、実力を行使し、どう見てもキリスト教的とは思えない振る舞いをする現実と見せかけとはとても一致しない。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は自身保守派ではあるが、7月末の発言は極度に否定的なトランプ評に聞こえる。「われわれは今実際に経験しているように、憎悪や憎悪への扇動で感染爆発と戦えないのと同様、噓や情報操作でもそれと戦えない。ポピュリズムと基本的現実を否定することによる限界が露呈しつつある」

トランプのビジネスと政治の両キャリアを通じて前提となっていたのは、重要なことは現実ではなく、現実らしく見せかけることだということである。彼は自力でのし上がったとしているが、現実は父親から相当額の財産を相続している。自分の財産規模を誇張したが、誇張によって銀行から途方もない金額を借り入れて実際に富豪になった。彼の事業は大失敗したが、テレビのリアリティ番組「アプレンティス」では、自分を大成功したスターとして押し出し、この番組の成功でトランプ・ブランド価値は高まり、実際の個人資産を回復するのに役立った。政治では、五番街で誰かを銃で撃っても大丈夫だと言い放っても、自分の目で証拠を見るよりもトランプのどんな奇妙な説明でも信じる支持者の忠誠を維持した。しかしコロナウイルスは、トランプが噓で言い逃れることができない現実だった。トランプは数字をごまかしテスト数を少なくして、アメリカの新規感染者が多いのは、単に多数のテストを実施させる自分の見事な手腕のせいだと論じたが、結局現実から言い逃れはできなくなった。病床は一杯になり、死者数は増え、危険な条件のもとで何百万人ものアメリカ人が職場に戻ろうとしなくなった。トランプがコロナウイルス対応で失敗し、それによって11月の再選の可能性が減ったことは、結局「真実が重要である」という啓蒙主義の原理が再確認されたということなのかもしれない。確かにこの感染爆発は結果的に原因と結果の基本法則を確認したように見える。アメリカがコロナウイルスによる死者数で世界をリードし事態の制御に失敗したことに、トランプの不十分な対応に責任がないと見ることは、いくらなんでも難しいからだ。しかしである。42%ものアメリカ人が、これほど破局的な失敗にもかかわらず、依然としてトランプを支持していることは、アメリカ社会がどれほど分極化し、トランプと右翼メディアが「もう一つの事実」からもう一つの現実、オーウェルが想像した2+2=5の世界を作り出すのに成功したかを示している。過去の危機の際は、ベトナム戦争であれウォーターゲート事件であれ、大統領への支持率は、一般有権者の間でも大統領の支持者の間でも大きく低下し、そのことは社会全体が受け入れられた事実からなる一つの世界に住んでいることを示していた。だがトランプの支持率は一度も40%を下回らず、驚くほど固い支持基盤は何が起こってもびくともしそうもない。それに加えて、アメリカの選挙制度が特殊なものなので、総得票数ではまず確実に敗北するにしても、依然としてトランプ再選は十分にあり得る。

もしそういった事態になれば、2000年、2016年に続いて総得票数ではかなりの差で敗北したものの結果的には共和党が勝利する3回目の大統領選となる。そうなればアメリカの民主主義がますます脆弱で機能不全に陥っているという感覚が深まり、この夏の一連の抗議行動すらも比べてみれば小規模で平和的なものに見えるような事態が起こらないとも限らない。


アレクサンダー・スティル Alexander Stille
(コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授、ジャーナリスト)

1957年生まれ。イエール大学卒業。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修了。専門は国際関係論、政治。「Correspondent」誌編集長などを経て、現職。主な著書に“Benevolence and Betrayal: Five Italian Jewish Families Under Fascism” (1991), “The Sack of Rome: How a Beautiful European Country with a Fabled History and a Storied Culture Was Taken Over by a Man Named Silvio Berlusconi” (2006)など多数。「ニューヨーク・タイムス」「ボストン・グローブ」「ニューヨーカー」など多くのメディアに寄稿している。



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